米大統領選TV討論会、CNN世論調査結果で勝者はハリス氏だが…

マーケットレポート

討論会、CNNの世論調査結果はハリス氏が勝者に

9月10日に(現地時間)に行われた米大統領候補TV討論会後の世論調査結果を受け、「多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」との言葉を思い出した人は少なくないだろう。
これは、ユリウス・カエサルの言葉として塩野七生氏の著書に綴られている。

民主党候補のハリス氏と共和党候補のトランプ氏の直接対決を受け、CNNが605人を対象に携帯電話でのメールを通じ実施した世論調査結果では、「ハリス氏」が勝者との回答が63%に達した。
分散型予測市場プラットフォームのポリマーケットでは、世論調査で「ハリス氏が勝利する」との予想が94%と圧倒的多数を占めた。
しかし、X(旧ツイッター)上で行われたアンケートでは、トランプ氏を勝者とする回答が確認できる。
政治専門チャンネルC-SPANでは、勝者が「トランプ氏」との回答が一時75.2%、世論調査サイトのポール・ポリティクスでも一時62.7%と、ハリス氏を大きく引き離した。
こうした調査結果の違いは、X上でトランプ支持者が多い可能性を示唆する。

チャート:CNNの世論調査結果、ハリス氏に軍配
チャート:CNNの世論調査結果、ハリス氏に軍配

このように評価が大きく分かれた理由の一つは、ハリス氏が検察官としての経験を活かし、予想以上の好パフォーマンスを遂げたことにある。
ハリス氏は2021年1月に発生した米議事堂襲撃事件や中絶問題、前科、富裕層出身の出自、ヘリテージ財団主導で100以上の保守系団体がまとめた政権移行構想「プロジェクト2025」、2017年8月のシャーロッツビル事件(白人至上主義者と反対するグループの衝突)を取り上げ、トランプ氏を追い詰めた。
結果、トランプ氏は「オハイオ州スプリングフィールドで、(不法移民が)猫やペットを食べている」と陰謀論に言及し、ハリス氏の失笑を買った。
また、ハリス氏を父親譲りの「マルクス主義者」と呼び、一部の有権者の眉をひそめさせ、「自制が利かない高齢男性」とのイメージを作り上げることに成功した。
トランプ氏の盟友で、共和党のリンジー・グラム上院議員は、討論会後に「機会を逸した…(ハリス氏の問題点を)全てを明らかにするチャンスがあったというのに」と不満をもらすほどだ。

一方で、トランプ氏はバイデン・ハリス政権が「かつてないインフレをもたらし、ひどい経済にした」と舌鋒鋭く批判した。
国境問題でも「移民が街や建物を乗っ取り、暴力的に入り込んでいる」などと主張、米国の選挙が「めちゃくちゃ」だとして、民主党は不法移民に選挙で投票させようとしていると訴えた。
また、2021年8月のカブール陥落についても、「数十億ドル相当の米軍装備が置き去りにされ、現在はタリバンの手中にある」と問題視した。
米議事堂襲撃事件に関与を指摘されるなかで、ハリス氏から「(米議事堂襲撃事件は)同時多発テロ事件より悲惨だった」との言葉も引き出し、一部の視聴者を唖然とさせた。

これらの応酬を受け、ハリス支持者は同氏への評価を上げ、トランプ支持者はトランプ節炸裂に反応したとみられる。
マーケットは、ハリス氏が「勝者」との判断を下したようだ。
ドル円は中川審議委員の「見通し実現緩和度合いを調整していく」との発言も重なり、討論会中に141円を割り込み年初来安値を更新。
7月に開催されたビットコイン・カンファレンスで、トランプ氏は「米国がビットコインマイニング大国となる」と宣言し、ビットコインは「トランプ・トレード」の一つとされ、討論会中の下落を招いたとされる。

米株相場も9月11日に売りへ傾き、ダウは一時600ドル超も急落、S&P500とナスダックもそれぞれ1%安で引けた。
ハリス氏が未実現キャピタルゲイン税25%を課す見通しであるだけに、リスクオフの展開を迎えた格好だ。
ただ、米株相場は売り先行後に買い戻し。
米政府がエヌビディアにサウジアラビアへの先端チップ輸出を許可することを検討しているとの報道や、同社のフアンCEOがサンフランシスコで開催されたゴールドマン・サックス・グループのテクノロジー会議で次世代AI半導体「ブラックウェル」には旺盛な需要があると述べ、指数の買い戻しを支えた。

討論会の評価、必ずしも米大統領に直結せず

トランプ氏は、米大統領候補TV討論会の自身のパフォーマンスについて「(ハリス氏と司会者2人を合わせた)3人対1人である状況を踏まえれば、最高の出来栄えだったと思う!」と同氏が運営するソーシャルネットワークのトゥルース・ソーシャルで振り返った。
トランプ氏の投稿内容の通り、リベラル寄りの娯楽メディアのバラエティも、討論会での司会進行につき「ABCニュースは大統領討論会の形式を変えた」と報道。
討論会の最中に、トランプ氏に対しリアルタイムで5回のファクトチェックを行った上で「誤り」と突き付けた一方、ハリス氏に対してはトランプ氏が「プロジェクト2025」を正式に採用していないにもかかわらず、「トランプ氏再選なら詳細かつ危険な計画を実行するだろう」と発言しても、制止しなかった。
なお、司会者によるハリス氏へのファクトチェックはゼロだ。

ハリス氏を援護射撃するような司会者に対し、トランプ支持の著名な投資家、ビル・アックマン氏も「ABCはトランプ氏のファクトチェックばかり行い、ハリス氏に行わないのはなぜか?」と非難。
保守派の間では、「ABCニュースをボイコットせよ」との声も飛び出すなか、「敗者はABCニュース」との指摘も聞かれた。
筆者の友人であるニューヨーク在住のトランプ支持者のアジア系男性からは「討論会のトランプ氏はさえなかったが、ABCニュースの司会者2人がハリス氏にまわった結果、むしろメディアの偏向ぶりが露呈した」との意見が寄せられた。

画像:著名投資家のビル・アックマン氏のX投稿
画像:著名投資家のビル・アックマン氏のX投稿
(出所:Bill Ackman/X)

ハリス陣営は手ごたえを感じたのか、ワシントン・ポスト紙によれば討論会直後に10月2日に2回目の討論会開催を要請したという。
主催の名乗りを上げたのは、保守系のFOXニュースだ。
ただ、今回の討論会前にトランプ氏がFOXニュース主催での討論会を提案した際にハリス氏は拒否していた。
また、複数の討論会を事前に希望していたトランプ氏も「私が討論会で大差で勝利しただけに、あまり乗り気ではない」とコメントしており、実現するかは不透明だ。

ハリス氏の勢いは、さらに増しつつある。
討論会後、米国が誇る歌姫テイラー・スウィフトが支持を表明したためだ。
インスタグラムでの支持表明の結びに、共和党副大統領候補のJ.D.バンス氏の「子供のいない猫好き女性は惨め」との言葉を逆手に取り、「猫好きの独身女性」と記すのも忘れない。

ただ、討論会後のパフォーマンスが必ずしも米大統領選結果に直結するとは言い難い。
共和党の前下院議長のケビン・マッカーシー氏は、討論会直後に経済金融TV局のCNBCに出演し、「ハリス氏に軍配が上がったとしても、米大統領選の大勢は変わっていない」と言及。
今回の米大統領選は民主党が女性候補とあって2016年のクリントン氏対トランプ氏と比較されがちだが、当時の世論調査結果と米大統領選の結果が整合的ではなかった事実もある。
トランプ氏が「勝者」との回答は1回目が32%(ワシントン・ポスト紙/ABC実施)、2回目に至っては24%(CNN/ORC実施)と惨憺たるものだった。
選挙が水物であることを如実に表す例と言えよう。

2016年、クリントン氏対トランプ氏の討論会の結果はクリントン氏が圧勝
チャート:2016年、クリントン氏対トランプ氏の討論会の結果はクリントン氏が圧勝

米大統領選まで2カ月を切るなか、10月に「オクトーバー・サプライズ」が発生しないとも限らない。
この間に米労働市場がゆるやかに且つ着実に減速すること必至で、有権者が経済を重視して投票することは間違いない。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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