「今回は違う」円安是正策、介入ではなくレパトリ減税?

マーケットレポート

1971年以降で2回目の4年連続円安となるか

「今回は違う(This time is different)」と言えば、リーマン・ショック後に話題となったカーメン・M・ラインハート氏とケネス・S・ロゴフ氏の共著「国家は破綻する――金融危機の800年」の原題タイトルだ。
バブル醸成期の慢心を表す言葉として知られる一方で、潮目が変わる局面でも耳にする。

ドル円は1971年のニクソン・ショック以降、年間リターンにて4年連続でドル高・円安の展開を迎えたのは、2012~2015年の一度だけ。
デフレからの脱却を目指し、①大胆な金融緩和、②機動的な財政政策、③民間投資を喚起する成長戦略、いわゆる「3本の矢」を放った時だ。

翻って現在、コロナ禍後の経済正常化と巨額の財政出動を受けたインフレ加速を背景に、米国を中心に積極的な引き締め策を展開、日銀がマイナス金利など大規模緩和策を維持するなか、2021~23年にわたって、3年連続でドル高・円安を迎えた。
2024年は日銀のマイナス金利解除が期待され、筆者を含め「今回は違う」と見込む市場関係者は少なくなかった。

しかし、こうした予想は裏切られてしまう。
3月19日の日銀金融政策決定会合で大規模緩和を解除したものの、植田総裁は「緩和的な金融環境を維持する」との立場を明確化した。
岸田首相も、同日の植田総裁との会談後に同様の文言を繰り返し、3月19日から4月22日までに、米連邦準備制度理事会(FRB)が利下げ後ずれを示唆したこともあって、円は対ドルで9.7%も下落。
このままでは2度目の4年連続で円安は不可避で、1990年4月につけた160円の突破すら聞かれ始めた。

チャート:ドル円の年間リターン、2度目の4年連続円安・ドル高となるか?
チャート:ドル円の年間リターン、2度目の4年連続円安・ドル高となるか?

財務省・経産省が協力?「レパトリ減税」でデジタル赤字を一部吸収も

このような状況下、植田日銀総裁が物価上昇継続なら「追加利上げの可能性が非常に高い」などと繰り返すなど、日銀は利上げに急がない姿勢から変化させつつある。

政府内における円安への危機感の高まりも、「今回は違う」と言えそうだ。
日経新聞によれば、ライバル官庁とされる財務省と経産省は3月26日、神田財務官が主催し懇談会を開き、貿易赤字トレンドやデジタル赤字拡大、所得収支の黒字など、国際収支を通じた円安について議論した。

今後は、経産省の取り組みに注目すべきだろう。
6月にまとめる経済財政運営と改革の方針(骨太の方針)では、「新機軸」と銘打ち、国内企業が海外で得た利益の国内還流(レパトリ)や研究開発などの本社機能の国内強化を柱に掲げるという。

このうち、レパトリは本邦経常黒字の大半を担う第一次所得収支に直接働きかけるだけに、それなりのインパクトを与えそうだ。
2023年暦年ベースの経常黒字は21兆3,810億円、第一次所得収支は34兆9,240億円で、そのうち対外直接投資収益は20兆9,233億円。
対外直接投資収益のうち、約半分の10兆5,687億円が再投資収益として海外拠点に留保されている。
レパトリ減税を行った場合、仮に約半分が戻ってくれば約5兆円。
通信・コンピュータ・情報サービス、著作権等使用料、専門・経営コンサルティングサービスに代表されるデジタル赤字の5.5兆円を概ね吸収きる規模だ。

チャート:経常黒字の担い手は、第一次所得収支
チャート:経常黒字の担い手は、第一次所得収支

チャート:第一次所得収支のうち、対外直接投資収益の約半分は再投資収益で、海外に留保
チャート:第一次所得収支のうち、対外直接投資収益の約半分は再投資収益で、海外に留保

チャート:レパトリ減税実現なら、デジタル赤字を一部吸収も?
チャート:レパトリ減税実現なら、デジタル赤字を一部吸収も?

実現すれば、「今回は違う」円安是正策となってもおかしくない。
今すぐドル円を押し下げるドライバーとはならないものの、米利下げ局面と合わせ、中長期的な円安・ドル高の転換の材料となるか、留意しておくべきだろう。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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