米9月雇用統計、NFPはエコノミストの予想上限を突破
「ホームラン級の米雇用統計だ」――J.P.モルガン・チェースのマイケル・フェローリ米国担当チーフエコノミストが下した評価である。
米9月雇用統計・非農業部門就労者数(NFP)は前月比25.4万人増と、エコノミストの上限予想を突破した。
失業率は、2カ月連続で低下し4.1%に。
平均時給は前年比4.0%へ再加速、経済的な理由でパートタイムを余儀なくされている人々など縁辺労働者を指す不完全雇用率も7.7%と、2021年10月以来の高水準だった前月の7.9%を下回った。
一連の結果を受け、米経済・金融TV局CNBCの名物キャスター、ジム・クレイマー氏でなくとも「ノーランディングの復活」を主張したくなるだろう。
ニューヨーク・タイムズ紙は米9月雇用統計結果を受け、インフレ鈍化や9月米連邦公開市場委員会(FOMC)での0.5%利下げと共に、経済的に「ハリス氏勝利のモメンタムとなる」と報じていた。
チャート:米9月雇用統計は、「ホームラン級」の結果に
米9月雇用統計後、11月の0.5%利下げ観測は消滅
全方位で好調だった米9月雇用統計の結果を受け、FF先物市場では11月6~7日のFOMCでの0.5%利下げ織り込み度が消滅した。
10月4日時点で、年内は0.25%ずつ、2回の利下げ観測が80.2%と大勢を占める。
前述したJ.P.モルガン・チェースの米国担当チーフエコノミストのほか、バンク・オブ・アメリカなども、11月の0.5%利下げ予想を撤回し、0.25%へ変更した。
チャート:FF先物市場、10月4日時点で年内0.25%ずつ、2回の利下げ織り込み度が大勢
米9月雇用統計が「ホームラン級」でも、利下げは継続するとの見方が優勢だ。
振り返れば、9月FOMC後の会見で、パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長は、金融政策の「再調整(recalibration)」に入ったと発言していた。
米8月雇用動態調査(JOLTS)では、採用者数が531.7万人と2020年4月以降、3番目の低水準を示す。
また、米8月PCE価格指数が前年比2.2%まで鈍化し、インフレ目標2%の回帰が視野に入る。
以上を踏まえれば、Fedは中立金利まで、ゆるやかな利下げを継続する公算が大きい。
ドル円は米9月雇用統計後に約2カ月ぶりの149円に乗せ、円キャリー・トレード再開観測が台頭したが、Fedの利下げ方向が変わらないなかで、150円を超えて上値を切り上げていくかは微妙と言わざるを得ない。
チャート:米JOLTS、採用者数は鈍化トレンド
(出所:TradingView)
米10月雇用統計、ストやハリケーンの影響で波乱含みも?
そもそも、米9月雇用統計が「ホームラン級」でも、今後については不確実性が高い。
理由は4つで、1つ目は、NFPに下方修正が付き物であることだ。
2023年以降、20回で15回の下方修正に至っており、今回の結果が後で下方修正される余地がある。
米労働統計局(BLS)が8月21日、2024年3月までの1年間分のNFPについて、年次基準改定を経て81.8万人の下方修正を発表していたのを、忘れるべきではない。
なお、BLSは2025年2月発表の米1月雇用統計で、起業・廃業モデルの修正を含んだ確報値を発表する予定だ。
2つ目に、米9月雇用統計での失業率の改善が10月に巻き戻されるシナリオが挙げられる。
米雇用統計は、給与明細がベースとなる事業所調査と、聞き取り調査による家計調査の2つに分かれ、失業率の算出は後者の家計調査がベースとなる。
この家計調査では、就業者数が前月比43万人増と、6カ月ぶりの強い伸びとなった。
そのうち、政府の雇用増は78.5万人増と、1948年のデータ公表以来で2番目の大きさとなる。
従って、このペースで家計調査の就業者数で政府の雇用が増加するとは想定しづらく、米10月失業率が上昇してもおかしくない。
前月横ばいなら、御の字だろう。
チャート:家計調査の政府雇用、1948年以降で過去2番目の高水準
3つ目に、ストライキの影響が注視される。
米国際港湾労働者協会(ILA)に加盟する約4.5万人によるストライキは10月1日に開始し、3日目で米海上輸送・ターミナル業者などの代表団体、米海運連合(USMX)とスト中断で合意した。
ただ、スト参加者が職場復帰するにあたって、時間を要する可能性がある。
また、航空大手ボーイングの労組も約3,000名ながら、ストライキ中だ。
過去を振り返ると、全国自動車労働組合(UAW)に加入する約3.5万人が、2023年9月26日からストに踏み切り、暫定合意を果たした10月末にかけ続けた際、米10月のNFPの伸びは前月比24.6万人増と9月の同16.5万人増(※それぞれ速報値ではなく修正値)に縮小した。
米港湾スト終了後の正常化に時間が掛かれば、米大統領選投票日の直前にあたる11月1日の米10月雇用統計で、NFPの増加ペースが鈍化する場合もありうる。
4つ目に、今後は米国南部を襲ったハリケーン「へリーン」の影響で、「悪天候により就業できなかった」人々が急増し、11月1日発表の米10月雇用統計にネガティブなインパクトを与えうる。
米7月雇用統計では、ハリケーン「ベリル」の直撃を受けNFPが速報値で同11.7万人増(修正値:14.4万人増)に減速、失業率は4.3%と2021年10月以来の水準へ上昇していた。
ハリケーン「ベリル」による経済損失は25億~35億ドルと推計された一方、「へリーン」をめぐり、ムーディーズ・アナリティクスは約340億ドルと、「ベリル」とは桁違いの規模を予測しており、労働市場への影響も甚大となりうる。
ストライキやハリケーンの影響は一時的とされるが、米大統領選・米議会選の結果次第で、ねじれ議会となり政治膠着が意識されるならば、2025年1月から米企業がリストラを再開するリスクをはらむ。
単月だけで、米労働市場が堅調と判断するのは、早計と言えよう。
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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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