米5月雇用統計・NFPは力強い伸びも、エコノミストは9月利下げ開始予想が優勢
「ブロックバスター」、米5月雇用統計・非農業部門就労者数の結果を表すのに、これほどふさわしい言葉はないだろう。
前月比27.2万人増という数字は、市場予想の18万人増を大きく上回り、米労働市場の力強さを全米に轟かせた。
平均時給も前年同月比4.1%と、前月の上方修正(3.9%→4.0%)と合わせ、エコノミストは年内利下げ予想の修正を余儀なくされた。
7月の利下げ開始を予想していたシティグループは、9月利下げ開始へ後ろ倒ししただけでなく、年内の利下げ予想も4回→3回とした。
J.P.モルガン・チェースに至っては、7月利下げ開始を11月へ後ずれさせただけでなく、年内利下げ予想をこれまでの3回→1回へ修正。
米5月雇用統計前に7月利下げ開始予想を9月へ先延ばしとし、年内2回利下げを予想したゴールドマン・サックスは、米5月雇用統計後もその見通しを維持した。
ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙のFed番記者、ニック・ティミラオス氏によれば、22名のウォール街のエコミストのうち、年内1回利下げ予想が最多で9人、次いで年内2回が7人と、1~2回で割れている様子が見て取れる。
ちなみに、22名のうち3~4回を含め、利下げ予想は19名で、据え置き予想は3人となり、エコノミストの間では引き続き年内に利下げを行う見通しが優勢だ。
エコノミストが9月利下げを予想する理由の一つは、失業率の上昇か
年内1回か2回は別として、エコノミストの間では利下げ見通しが優勢で、市場も最低1回の利下げを予想する理由は、3つ考えられる。
1つは、パウエル議長率いる米連邦準備制度理事会(FRB)の姿勢で、5月FOMCの会見でパウエルFRB議長は「予想外の労働市場の弱まりで、政策対応(利下げ)は適切」と明言。
さらに、質疑応答では、「インフレ率3%以下であれば、物価の安定と雇用の最大化という二大目標のうち後者に焦点をシフトさせることが可能」と述べていた。
米労働市場は、着実に鈍化しつつある。
5月の失業率は4.0%と2022年1月以来の4%乗せに至った。
過去のレポートで指摘したように、失業率は夏場に上昇する傾向があり、今年も顕在化したかのようだ。
労働人口に占める完全解雇者数の割合は1.05%と、パウエルFRB議長がインフレについて一時的との見方を撤回した2021年11月以来の水準へ上昇。
また、3回にわたる「予防的利下げ」を行った2019年平均の0.8%も上回る。
チャート:米労働力人口に占める完全解雇者の割合、2019年平均超え
その上、米大統領選を控え、労働参加率が低下する過程でも、黒人の失業率が6.1%と2022年3月に利上げを開始して以降で3番目の高水準だったほか、ヒスパニック系の失業率も上向いた。
男女別でも、男性は労働参加率が低下したにもかかわらず、失業率が4.2%と2021年10月以来の水準へ上振れした点も懸念材料。
通常、労働参加率が低下すれば、職探しをする失業者も減少し失業率には低下圧力が掛かりやすいが、景気減速局面では失業者が増え失業率を押し上げかねない。
パウエル氏が指摘する、「予想外の労働市場の弱まり」実現リスクが意識されよう。
チャート:男性の失業率、5月は4.2%と2021年以来の水準へ上昇
年次基準改定で、NFPが大幅に下方修正されるリスクも?
2つ目は、11月FOMCは6-7日に開催され、その前の5日に米大統領選の投票日、8日には米10月雇用統計を控える。
米大統領選直後、米雇用統計発表直前といったカレンダー要因に加え、四半期に一度の経済金利見通しとドットチャートを発表しない会合で、わざわざ政策変更に着手するとは想定しづらい。
3つ目は、NFPの下方修正余地が挙げられる。
そもそも、NFPは2023年以降、16回中13回も下方修正され、米5月雇用統計発表時も、3月と4月分が合計1.5万人の下方修正となった。
チャート:NFPは2023年以降、16回のうち13回が下方修正
しかも、米5月雇用統計前に、発表元の米労働統計局が6月5日に公表した雇用と賃金の四半期調査の改定版によれば、2023年の雇用者数は月平均25万人増のところ、毎月平均で約6万人下回る可能性があるという。
ブルームバーグによれば、「新たなデータは米雇用の95%以上をカバ―し、最終的には月間雇用統計の年次改定に使用される」ため、足元のNFPが過大評価されている公算が大きい。
振り返れば2023年8月に行われた年次基準改定の暫定値では、同年3月までの1年間のNFPが30.6万人も下方修正されていた。
米労働統計局の四半期調査の改定版の通り、毎月平均で6万人近く引き下げられれば、過去1年間で約30万人の下方修正を意味する。
米労働市場が「予想外に」弱まっていたと判断されてもおかしくない。
9月17~18日開催のFOMCでは、経済・金利見通しとドットチャートを公表するだけでなく、7月と8月の米雇用統計と消費者物価指数など、経済指標を精査できる。
その上、8月22~24日にはジャクソンホール会合を予定する。
テーマは「金融政策の効果と伝達をめぐる再評価」で、もしNFPが大幅に下方修正されるなら、パウエルFRB議長がまさしく市場に「伝達」し、利下げの地均しを行えるというわけだ。
もちろん、9月利下げ開始には「予想外の労働市場の弱まり」以外に、インフレ鈍化を確認する必要がある。
6月FOMCでは、年内3回利下げ示唆が巻き戻される見通しだが、利下げバイアスを維持しつつ、政策の自由度を保つのだろう。
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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
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お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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