FRBは、「利下げしたくてうずうずしている」?
サマーズ元財務長官といえば、バイデン政権下で2021年3月に1.9兆ドルもの大型景気刺激策が成立した後、いち早くインフレ急伸に警鐘を鳴らしたことで知られる。
そのサマーズ氏は3月21日、米連邦準公開市場委員会(FOMC)開催直後に「Fedは、利下げしたくてうずうずしている」とコメント。
インフレが高止まりしているにもかかわらず、今後数カ月以内に利下げに転換する構えを打ち出しているとして、批判した。
3月FOMCを振り返ると、声明文は雇用の伸びに係る文言において「緩やかに増加してきた」が削除された程度で、概ね変更はなかった。
注目された四半期に一度公表される経済・金利見通し(SEP)では、2024~26年の成長見通し(注:FOMC参加者の予想中央値を示す)が全て引き上げられたほか、失業率も2024、26年について楽観的な見通しに修正された。
個人消費支出(PCE)価格指数の見通しも、総合が2025年、コアが2024年の見通しを上方修正した。
FF金利見通しは、2024年につき4.625%で据え置き年内3回利下げの予想を維持した。
以降は、やや上方修正された。
こうしてみると、経済成長は2024~26年にわたって潜在成長率2%程度あるいは小幅に上回り、堅調な拡大が見込まれている。
失業率は2月の3.9%からわずか0.1~0.2ポイント上昇するにとどまり、コアPCEは2024年に2.6%、2025年も2.2%となり、インフレ目標値2%の回帰は引き続き2026年まで持ち越される見通しだ。
ソフトランディングの見方を強めたと解釈できる内容だが、その半面、年内利下げありきの楽観的な経済シナリオと言えよう。
FOMC参加者の経済・FF金利見通し(中央値) | ||||
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2024 | 2025 | 2026 | 長期見通し | |
実質GDP | ||||
3月予想 | 2.1 | 2.0 | 2.0 | 1.8 |
23年12月予想 | 1.4 | 1.8 | 1.9 | 1.8 |
失業率 | ||||
3月予想 | 4.0 | 4.1 | 4.0 | 4.1 |
23年12月予想 | 4.1 | 4.1 | 4.1 | 4.1 |
PCEインフレ率 | ||||
3月予想 | 2.4 | 2.2 | 2.0 | 2.0 |
23年12月予想 | 2.4 | 2.1 | 2.0 | 2.0 |
コアPCEインフレ率 | ||||
3月予想 | 2.6 | 2.2 | 2.0 | – |
23年12月予想 | 2.4 | 2.2 | 2.0 | – |
FF金利 | ||||
3月予想 | 4.625 | 3.875 | 3.125 | 2.563 |
23年12月予想 | 4.625 | 3.625 | 2.875 | 2.500 |
FF金利・平均値 | ||||
3月予想 | 4.809 | 3.783 | 3.066 | 2.813 |
23年12月予想 | 4.704 | 3.612 | 2.947 | 2.729 |
チャート:3月分のSEP、上方修正が優勢 赤字は前回から修正された数字 出所:FRBよりストリート・インサイツ作成
FOMCの重点は米労働市場、ラストワンマイル達成は棚上げ?
FRBの二大統治目標は、「物価の安定」と「雇用の最大化」だ。
パウエルFRB議長はFOMC後の会見で、議会証言の時と同様に「年内のいずれかの時点で利下げに踏み切る可能性が高い」と述べつつ、「利下げを行う前にインフレが持続的に鈍化しているか確信を強める必要あり」と発言。
インフレ再燃への目配りを忘れない。
しかし、1~2月の消費者物価指数や生産者物価指数が市場予想を上回った結果について「最新のインフレデータはインフレが平坦ではない道のりを経て2%に到達するとの見方を変えていない」とも発言したように、むしろ労働市場への軸足シフトが伺えた会見でもあった。
同氏は質疑応答で「経済指標が著しく弱まった場合、特に労働市場の大幅減速は利下げ開始の理由となる」と明言した。
その他、「力強い雇用自体は利下げを見送る理由にはならない」、「力強い雇用の伸びは、インフレをもたらさらない」とも言及。
賃上げ動向がインフレ加速の主因ではない、との考えも示した。
確かに雇用や賃上げ動向は遅行指標ではない。
とはいえ、日銀の植田総裁が言及するように物価を経由して賃金に波及するだけに、中銀総裁としては異例な発言と受け止められてもおかしくない。
FRB、米大統領選を控え失業率上昇とリセッション入り回避を狙う?
FRBが労働市場に軸足をシフトさせる理由は、米大統領選ではないだろうか。
FRBは独立機関だが、議長や理事は米大統領に指名され、米上下院で承認されるだけに、政治と無関係とは言い切れない。
過去を紐解くと、1970年代にはニクソン大統領が自身の経済アドバイザーだったバーンズ氏をFRB議長に就任させ、インフレ加速局面で過剰な緩和政策を強いた結果、物価高騰につながった。
1980年代には、インフレ・ファイターとして名声を勝ち取ったボルカーFRB議長の引き締め政策に対する不満から、レーガン大統領が3期目への再指名を見送った。
直近では、トランプ大統領の圧力に屈し、パウエル氏率いるFRBは、2019年7月に3回の予防的利下げを余儀なくされた。
そして今、米大統領選を控え、バイデン大統領が3月FOMCの約2週間前にあたる8日、ペンシルベニア州での演説で「保証はできないが、金利がもっと下がるのは間違いない」と述べた。
バイデン氏の発言の裏には、失業率の上昇回避を望む意図が込められているのだろう。
米大統領選と失業率には密接な関係があり、1960年以降、米大統領選の年に失業率が1月から10月までに0.5ポイント上昇する場合、再選を狙う現職の大統領、あるいは与党候補が必ず敗北してきた。
バイデン陣営が、こうした過去のデータを知らないはずはないだろう。
3月FOMC後、パウエル氏が記者会見で示した労働市場に配慮には、政治と経済の複雑な事情が絡み合っていそうだ。
年 | 現職 | 勝者 | 失業率、1月時点(%) | 5~10月、失業率推移(%) | 傾向 |
---|---|---|---|---|---|
1960 | アイゼンハワー(共) | ケネディ(民) | 5.2 | 5.1~6.1 | 上昇 |
1964 | ジョンソン(民) | ジョンソン(民) | 5.6 | 4.9~5.1 | 低下 |
1968 | ジョンソン(民) | ニクソン(共) | 3.7 | 3.4~3.7 | 安定 |
1972 | ニクソン(共) | ニクソン(共) | 5.8 | 5.5~5.6 | 安定 |
1976 | フォード(共) | カーター(民) | 7.9 | 7.4~7.8 | 低下 |
1980 | カーター(民) | レーガン(共) | 6.3 | 7.5~7.8 | 上昇 |
1984 | レーガン(共) | レーガン(共) | 8.0 | 7.2~7.5 | 低下 |
1988 | レーガン(共) | ブッシュ父(共) | 5.7 | 5.4~5.6 | 安定 |
1992 | ブッシュ父(共) | クリントン(民) | 7.3 | 7.3~7.8 | 上昇 |
1996 | クリントン(民) | クリントン(民) | 5.6 | 5.1~5.6 | 低下 |
2000 | クリントン(民) | ブッシュ子(共) | 4.0 | 3.9~4.1 | 安定 |
2004 | ブッシュ子(共) | ブッシュ子(共) | 5.7 | 5.4~5.6 | 安定 |
2008 | ブッシュ子(共) | オバマ(民) | 5.0 | 6.1~6.5 | 上昇 |
2012 | オバマ(民) | オバマ(民) | 8.3 | 7.8~8.2 | 安定 |
2016 | オバマ(民) | トランプ(共) | 4.8 | 4.8~5.0 | 安定 |
2020 | トランプ(共) | バイデン(民) | 3.6 | 6.8~13.2 | 上昇 |
チャート:1960年以降、米大統領選と失業率の関係 ※失業率の傾向は、1月に対し±0.5%の変化で判断 出所:米労働統計局よりストリート・インサイツ作成
Provided by
株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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