「石破ショック」、金融市場を直撃
ドル円の変動幅は、9月27日に4円42銭に及んだ。
同日に行われた自民党総裁選にて、第1回目の投票で1位だった高市早苗・経済安全保障相だったところ、決戦投票で石破茂元防衛相が決戦投票を制したため、146.49円から、わずか数時間で143円割れ。
NY時間では、米8月個人消費支出、個人所得、PCE価格指数がそろって前月比で市場予想以下となったため、142.07円へ急落した。
チャート:ドル円の9月27日の変動幅、自民党総裁選を経て4円超え(緑線は米10年債利回り、左軸)
(出所:TradingView)
日経平均も27日こそ903円93銭高の3万9,829.56円で取引を終了したが、石破氏の勝利を受けて一時は2,000円超も大きく沈んだ。
日銀の追加利上げに批判的な高市氏ではなく、「金利ある世界」、「国民に支障がない程度の正常化」を求めた石破氏が、10月1日に召集される臨時国会で第102代首相に指名される見通しとなった流れを受け、文字通り“石破ショック”が金融市場を直撃した。
日経新聞は自民党総裁選直後の9月28日、「石破新総裁選出、日銀の年内利上げ観測強まる 債券市場」と題した記事を配信。
日銀の国債買い入れの影響を受けづらい翌日物金利スワップ(OIS)での年内の追加利上げ確率が、石破氏選出前の2割から3割へ上昇したと報じた。
石破氏、円高・株安を受けタカ派姿勢を修正
ただし、追加利上げへの期待は時期尚早だろう。
植田総裁は9月20日、金融政策決定会合の会見で「経済・物価を巡る不確実性は引き続き高く、金融・為替市場の動向や、経済・物価への影響を十分注視する必要がある」と明言した。
また、ドル円の下落を受け「輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響は減衰してきている」とも言及。
換言すれば、円高進行あるいは日本株安の局面では、追加利上げに慎重とならざるを得ない日銀の姿勢を示す。
氷見野副総裁は8月29日の講演で、今後の追加利上げについて、海外経済に加え、①賃金、②消費、③円高・株安といった金融資本市場動向――の3点の影響を確認すると言及していたことも、思い出される。
石破政権発足後、③の状況が続けば、追加利上げは暫く見送られるのだろう。
植田総裁や氷見野副総裁の発言内容は、至極当然と言える。
金融資本市場が混乱する局面で追加利上げを決定するなど、愚策でしかない。
一方、石破氏は総裁選後に日銀の金融政策に対する姿勢を転換したのは、特筆に値する。
同氏は、9月29日にテレビ番組に出演し、金融政策について「今の緩和の方向性は維持しなければいけない。
デフレ脱却を断言できないなか、ここで金利をうんぬんかんぬんとは言ってはいけない」と述べ、追加利上げに慎重な姿勢を覗かせた。
また、石破氏は「『貯蓄から投資』の流れは決して止めてはならない」とも強調。
新NISAをめぐり、引き続き支援する立場を明らかにした。
加えて、財政出動に関し消極的かとの質問に「民間需要が少ないときは、財政出動しないと経済が持たない」と言及。
増税寄りの姿勢からの転換も、示唆した。
チャート:石破氏、総裁選前後の政策姿勢の変化
日本の政治不確実性、ドル円の下値を抑えるか
石破氏の一連の発言は、10月9日の衆議院解散、27日の総選挙を視野に入れたものに違いない。
石破ショックを経て、新政権発足に合わせ円安・株高に誘導し、政権を盤石化させたいのだろう。
しかも、日程は岩手県の参院補選と同日に行い、総選挙前に土をつけないようとする深謀遠慮が伺える。
解散総選挙での大敗北が囁かれるだけに、先手必勝あるのみだ。
ただ、政権運営には課題を残す。
石破氏は安全保障通として知られ、ワシントン・ポスト(WP)紙は、米保守系シンクタンクのハドソン研究所に寄稿した内容を取り上げ、石破氏が日米安保条約の「非対称性」を指摘し、是正に前向きと報道。
また、中国とのより深い関わりと外交の強化を求めつつ、台湾民主主義の強力な支持者であり、中国や北朝鮮からの安全保障上の脅威に対抗するために「アジア版NATO」の創設を提案しているとも伝えた。
ただ、WP紙は寄稿内容の実現に疑問を呈する。
石破氏が経済政策通でない点も、気掛かりだ。
日銀の政策について、タカ派姿勢を修正したとはいえ、総裁選前は物価高と金利上昇への対応を目指す経済政策を打ち出していた。
日銀の追加利上げ見送りの状態で、どのような政策に転じるのか不透明である。
米商品先物委員会(CFTC)が発表した投機筋のネット・ポジションは、9月24日週時点で6万6,011枚と、前週の5万6,840枚を上回り、7週連続でロング拡大。
円ロングの最高は、2016年4月19日週の7万1,870枚で、円ロングの余地は狭くなりつつあるように見える。
チャート:投機筋の円のネット・ロング、過去最高に接近
加えて、石破ショックが減退するならば、衆院解散・総選挙を予定し政治の不確実性が強まるだけに、日銀の追加利上げ期待はやはり低下する公算が大きい。
石破ショックを経てドル円の急落にブレーキが掛かれば、米9月雇用統計後に下落局面を迎えても。
140円割れが限定的となってもおかしくない。
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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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