米雇用統計・NFPの下方修正、年内0.5%利下げの選択肢残す

マーケットレポート

24年3月までの1年間のNFP下方修正、2009年以降で最大

「数字は嘘をつかないが、嘘つきは数字を使う」――米国の大作家、マーク・トウェインの言葉だ。
米雇用統計・非農業部門就労者数(NFP)と言えば、2023年以降、18回のうち15回も下方修正されてきただけに、この言葉が重く響いてくる。

米労働統計局は8月21日に発表したNFPの年次基準改定は、統計の信憑性にさらなる疑念をもたせたに違いない。
2023年4月から2024年3月までの1年間にわたるNFPの増加幅は、当初の数字から81.8万人も下方修正された。
年次基準改定は、州の失業保険料支払いのデータに基づく四半期毎の雇用・賃金国勢調査(QCEW)の第1四半期分が用いられるが、6月公表時点で月平均6万人の下方修正が見込まれていた。
これを受け、ゴールドマン・サックスは下方修正幅の予想レンジを60万人~100万人と予想。
保守系金融情報サイトのゼロヘッジは最大100万人と報じており、想定の範囲内だったと言えよう。

チャート:年次基準改定により、24年3月まで1年間のNFPは81.8万人の下方修正
チャート:年次基準改定により、24年3月まで1年間のNFPは81.8万人の下方修正

とはいえ、これまでの当該期間のNFPの増加幅が290万人のところ、年次基準改定を受け208.2万人に下方修正された。
結果、2024年3月までのNFPは1億7,288万人となり、当初の1億8,106万人を0.5%下回る。
米労働統計局によれば、過去10年間の平均は0.1%上回ってきたため、かなり大きな下方修正となる。
実際、米経済金融局CNBCのFedウォッチャーであるスティーブ・リースマン記者は、リーマン・ショック直撃後まもない2009年以来で最大の下方修正幅と伝えていた。

部門・業種別の詳細をみると、下方修正を主導したのは民間で81.9万人に及んだ。
政府は逆に0.1万人増の上方修正となる。
民間の13業種のうち、9業種で従来の水準から引き下げられた。
最も大きな下方修正は、2023年を中心にリストラが進んだソフトウェアなどを含む専門サービスで35.8万人、続いて娯楽・宿泊が15.0万人、小売は12.9万人、製造業は11.5万人など。
一方で、上方修正幅が最も大きかった業種はNFPの増加をけん引する教育・健康で8.7万人、続いて輸送・倉庫が5.6万人、その他サービスが2.1万人、公益も0.17万人となった。

チャート:業種別の改定幅
チャート:業種別の改定幅

月平均の雇用増加幅、失業率上昇を示唆

今回の年次基準改定を受け、月平均の雇用増は従来の24.2万人増から、17.4万人増へ下方修正となる。
単にこの数字だけをみれば、NFPは2桁の増加ペースを維持しているため、米労働市場が大幅に悪化したようには見えない。

しかし、忘れてならないのは、バイデン政権下での移民の急増だ。
米議会予算局は、2021~26年の間に860万人増加すると予測。
サンフランシスコ(SF)連銀は6月、これを基に失業率を押し上げも押し下げもしない、いわゆる中立的な雇用の増加幅が20万人から最大23万人と推計、移民急増前の7万~10万人のペースを大きく上回る見通しを示した。
失業率を上昇させないハードルが上がったことになる。

画像:SF連銀の推計、赤い線がCBOの予想に基づく中立的な雇用増加ペース
画像:SF連銀の推計、赤い線がCBOの予想に基づく中立的な雇用増加ペース (出所:SF連銀)

実際、これらの推計は米雇用統計の失業率の上昇と整合的だ。
失業率は6月に4.1%、7月に4.3%上昇したが、NFPは速報値ベースで6月に20.6万人増、7月に11.4万人増でもそれぞれ失業率が前月から6月に0.1ポイント、7月に至っては0.2ポイントも上昇していた。

以上を踏まえれば、9月17~18日開催の米連邦公開市場委員会(FOMC)では、①少なくとも0.25%の利下げ、②経済・金利見通し(SEP)の下方修正、失業率については悲観的な方向への修正――がメインシナリオとなりそうだ。

SEPの6月版は、インフレ指標を受けタカ派に転じていたほか、米労働市場の減速局面にもかかわらず2024年の失業率予想を4.0%と楽観的な水準を維持していた。
年内1回の利下げを示唆したFF金利見通しと合わせ、これまでより悲観的なシナリオへの修正が必至となる。

チャート:6月FOMCでの経済・金利見通し
チャート:6月FOMCでの経済・金利見通し

パウエルFRB議長、0.5%利下げの柔軟性を確保か

想定の範囲内だったとはいえ、リーマン・ショック以来の大きさとなったNFPの下方修正を受け、パウエルFRB議長がは8月23日に行うジャクソンホール会合での基調講演にて、利下げの地均しを行うのだろう。
ただ、9月6日に米8月雇用統計の発表を予定するため、利下げ幅の柔軟性を確保するに違いない。

7月FOMC後の会見で、パウエルFRB議長は「さらなる労働市場の冷え込みを避けたい」と言及した。
さらに、0.5%利下げをめぐる質問で、パウエル議長はFRB当局者が望むものではないと述べたが「より深刻な景気後退のようなものがあれば…それに対応する方針だ」と明言。
ITバブル崩壊後の2001年1月と、サブプライム危機の最中にあった2007年9月の利下げ開始時は0.5%だったため、一部の市場関係者が大幅利下げが期待するが、その道筋を残したと言えよう。
足元、FF金利先物市場では9月と11月は0.25%利下げ予想が優勢だが、12月は小幅に0.5%利下げ織り込み度が44.2%と最も高く、年内の大幅利下げ余地を見込む。

共和党大統領候補のトランプ氏は、NFPの大幅下方修正を受け「とてつもないスキャンダルだ…ハリス・バイデン政権は、アメリカに与えた経済的破滅の真相を隠すために、雇用統計を不正に操作していたことが発覚した…NFPを81.8万人分も水増していた!」と猛批判した。
パウエルFRB議長としては、0.5%利下げに踏み切れば、米大統領選前に民主党側に忖度したとも受け止められかねず、厳しい政策の舵取りが迫られよう。

なお、8月発表の年次基準改定は、暫定値だ。
年明け2月に発表の米1月雇用統計で、起業や廃業による雇用の増減の実態が取り込まれる。
ブルームバーグは6月、起業や廃業のモデル(birth-dearh model)が2023年下半期の廃業による雇用減少を反映していないとして、NFPの73万人の下方修正を見込んでいた。
仮に現水準からもう一段の下方修正となれば、市場が利下げを催促してもおかしくない。
同時に、米雇用統計をめぐる数字への信頼性も低下してしまうのだろう。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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