トランプ氏、河野デジタル相、神田財務官の円安けん制、タイミング一致の謎

マーケットレポート

トランプ氏、ドル高・円安けん制発言再び

再び、為替市場にトランプ・ショックの激震が走った。
トランプ前大統領は7月16日付けのブルームバーグとのインタビューで「我々は大きな通貨問題を抱えている」と指摘。
ドル高・円安・人民元安が「著しく進行」した結果、米国の製品は割高となり、「多大な負担になっている」と強い懸念を表明した。
また。
自身の1期目では通貨安に対抗してきたといい、今後もそうした対応を取る構えを打ち出した。

トランプ氏がドル高・円安是正について言及するのは4月以降、2回目となる。
トランプ氏は4月23日の朝、自民党の麻生副総裁と自身のニューヨークの拠点であるトランプ・タワーでの会談を控え、ソーシャルネットワークにて「円安は大惨事」と投稿。
以前にレポートで指摘した通り、製造業に打撃を与えるにもかかわらず、バイデン政権がドル高・円安を「放置している」と猛批判していた。

画像:トランプ氏のドル高・円安是正を問題視した投稿
画像:トランプ氏のドル高・円安是正を問題視した投稿 (出所:Truth Social

当時を振り返ると、トランプ氏は麻生氏をトランプ・タワーの入口で出迎え、記者団に「親愛なる親友のシンゾーを通じて知り合ったんだ」と述べたほか、「麻生氏は日本だけでなく世界でも尊敬されている人物」と紹介するなど、ビジネスマンらしくリップサービスを展開していた。
読売新聞によれば、岸田政権の防衛費引き上げの取り組みを伝えられ、トランプ氏は「日本のことは好きだ、岸田首相に宜しく伝えてくれ」と語ったという。

終始朗らかなムードで展開されたと思われる会談で、何が語られたか全容は定かではない。
ただ、両者が懸案事項をめぐり意思疎通が図られたことは想像に難くない。

トランプ氏の発言、ラストベルトのペンシルベニア州を念頭に入れた再選狙いか

7月13日、ペンシルベニア州での演説中に銃撃されたトランプ氏は、颯爽と立ち上がり拳を空へ突き上げ、不屈のリーダーたる存在感を全米に印象づけた。
その姿は一部の有権者の心を動かし、テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)や物言う投資家のビル・アックマン氏など、ウォール街からシリコンバレーまで、多くの著名人が相次いで支持表明するに至った。

米大統領選では、州毎に割り当てられた538人の選挙人のうち、過半数の270人を獲得した候補が勝利する。
7月17日時点で、米選挙情報サイトの270・トゥ・ウインでは、トランプ氏が251人、バイデン氏が226人を獲得すると推計。
仮にこの通りに戦況が進むなら、激戦5州(以前に激戦州に数えられたジョージア州とノースカロライナ州はトランプ氏優勢に変化)のうち、製造業地域を指すラストベルトの一角を成し、19人の選挙人を抱えるペンシルベニア州でトランプ氏が勝利すれば、270人に届きトランプ氏が再選される見通しだ。

画像:270・トゥ・ウィンの推計では、トランプ氏が優勢
画像:270・トゥ・ウィンの推計では、トランプ氏が優勢 (出所:270ToWin

ペンシルベニア州は、勝利を決定付ける上で両者が絶対落とせない州でもある。
また、ペンシルベニア州に加え、ラストベルトに含まれ15人の選挙人を有するミシガン州を取り込めば、勝利への道が拓ける。
トランプ氏が製造業に配慮し、ドル高・円安是正を掲げる理由は、票取り算段が働いたに違いない。
副大統領候補に、同じくラストベルトに属すオハイオ州選出のJ.D.バンス上院議員を指名したのも、39歳という年齢や妻がインド系に加え、製造業州の票獲得を意識したためだろう。

河野氏「円安是正で日銀利上げ」発言の絶妙なタイミング、偶然か必然か

トランプ氏が再選を確固とすべくラストベルトに照準を当て、ブルームバーグとのインタビューでドル高・円安・人民元安を問題視した直後の7月17日、突如、河野デジタル相が同じくブルームバーグのインタビューで「日銀は円安是正のため利上げすべき」との見解を表明。
同氏は「円の価値を高め、エネルギーや食料品のコストを引き下げるため」、日銀に追加利上げを求めた。

河野氏が自身の管轄外である日銀の政策と為替に言及しただけに、9月に予定する総裁選を控えた駆け引きが幕開けした、とも読み取れる。
河野氏がインタビューで米大統領選を注視し、米国と経済や安全保障面で関係を深めたいと述べた通り、トランプ氏再選を見据えた戦略との解釈もあるだろう。
何より、越智隆雄・衆議院議員が4月24日、「160円方向の円安なら政策対応を検討も」と警戒を示した通り、単純に自民党として、円一段安の懸念を代表した発言との見方もできる。

その一方で、河野氏が、もともと麻生派だったという事実も見逃せない。
麻生氏と言えば4月にトランプ氏と会談し、トランプ氏が会談直前にドル高・円安是正の必要性を唱えていた流れを踏まえれば、新手の「日米協調口先介入」とも捉えられるのではないか。

神田財務官、インタビューで介入へのファイティング・ポーズを強調

本邦当局は、越智氏の発言通り160円アッパーで重い腰を再び上げた。
レポートで指摘したように、日銀当座預金の増減要因「財政要因」と市場予想の乖離に基づけば、7月11日に約3.5兆円、12日にも約2.1兆円の介入を実施した公算が大きい。
7月12日は東京時間の朝に加え、強含みの米6月生産者物価指数(PPI)の後、さらに市場予想以下となった米7月ミシガン大学消費者信頼感指数・速報値後に行われたようにみえる。

チャート:7月11~12日のドル円の推移、5分足
チャート:7月11~12日のドル円の推移、5分足 (出所:TradingView)

神田財務官は7月17日、「投機による過度な変動があれば、適切に対応していくしかない」と発言、介入の回数や頻度に制限はないとの認識を示し、ファイティング・ポーズを崩さなかった。
また、各国当局と極めて緊密に意思疎通を図り、各国から批判は出ていないと強調した。
興味深いのが、これらの発言が共同通信とのインタビューで飛び出したことだ。

7月11~12日の介入を受け、満を持してインタビューに応じたのかもしれない。
しかし、7月16日にブルームバーグのビジネスウィーク誌でトランプ氏のインタビューが掲載され、17日には河野デジタル相のインタビューが同じくブルームバーグで報道され、さらには神田氏の共同通信とのインタビューが続いた。
その間、ドル円は17日のロンドン時間入りから下落を開始、一時156.10円と約1カ月ぶりの水準へ急落した。
これが全くの偶然なら、円安を望まない人々にとって神風が吹いたも同然だ。

あるいは、トランプ氏という「黒船」の襲来を前に、遂に日本が円安是正に取り組み始めたのかもしれない。
あまりにタイミングのよい、日米の「口先介入」は、様々な憶測を生むことは間違いない。
一つ明白なのは、ドル円が162円手前でダブルトップを形成し、50日移動平均線や2023年12月、24年3月と5月の安値を結んだトレンドラインなど重要な節目を下抜け、上昇トレンドが一旦終了したことだ。
今後本格的に円安が是正されるか否かは、米大統領選の行方や米利下げだけでなく、日銀の追加利上げの行方に掛かっている。

チャート:ドル円の2024年以降の日足チャート、50日移動平均線は紫線、トレンドラインは白線、
チャート:ドル円の2024年以降の日足チャート、50日移動平均線は紫線、トレンドラインは白線、

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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