米国の若者主導の「破滅的支出」の後退、米経済を押し下げか

マーケットレポート

米国の若者の間で進む「破滅的支出」とは

コロナ禍前の2018年、米国ではミレニアル世代(主に1980~1996年生まれ)を中心に「アボカド・トースト」が流行していた。
彼らはFOMO=Fear Of Missing Out、YOLO=You Only Live Onceという言葉通り、流行やトレンドに「乗り遅れる」ことを嫌い、「今を楽しむ」生活を重視する世代と位置付けられていた。
その彼らの間で、流行したのがアボカド・サンドで、味だけでなく見栄えの良さがソーシャル・ネットワークでバズる対象に。
問題はその値段で、アボカドはメキシコからの輸入品が主力な事情もあり、他のトーストより高額だったため、「無駄遣い」の象徴的存在だった。

2024年となった今では、ミレニアル世代と共にジェネレーションZ世代(1997~2012年生まれ)の消費行動が問題視されている。
贅沢品や旅行などの経験を重視し、今を楽しむという刹那的な方向へ振り切った支出傾向が確認されるためだ。
節約・貯金してもマイホームを購入する夢は叶わないといった諦観や、将来何が起こるか分からないなどの不安を打ち消すための消費行動と位置付けられるため、「doom spending(破滅的支出)」と呼ばれる。

これは、「リテール・セラピー」、つまり気分が落ち込んでいる時に買い物で気分を紛らわせる「やけ買い」、「衝動買い」から一歩進んだ消費行動だ。

クレジットカードの新規延滞、BNPLの使用は若い世代がけん引

オンライン信用調査会社インテュイット・クレジット・カルマが2023年11月に実施した調査によれば、米国人の27%が破滅的支出の「経験あり」と回答、ミレニアル世代は43%、ジェネレーションZ世代では35%と上回った。
背景に「米経済への懸念」があり、回答は96%に及ぶ。
日本であれば、経済や将来に不安を覚えれば、逆に消費を縮小させ貯蓄にまわす傾向が確認できるが、正反対だ。

一連の回答は、クレジットカードの延滞や「Buy Now Pay Later(後払い)」の利用が、若い世代に多い事実と整合的だ。
NY連銀の家計債務調査では、1~3月期に90日以上の深刻な延滞に移行した債務の割合は18〜29歳で9.9%、30~39歳で9.5%と、それぞれ2010年以来の高水準をつけていた。
BNPLの利用者も、18~24歳で42%、25~34歳と35~44歳で50%と、ジェネレーションZ世代とミレニアル世代で多い事実が確認できる。

チャート:年代別のクレジットカード、新規の延滞率は若い世代で上昇が顕著
チャート:年代別のクレジットカード、新規の延滞率は若い世代で上昇が顕著

チャート:BNPL、利用者は若い世代に多い
チャート:BNPL、利用者は若い世代に多い

米5月小売売上高の鈍化、「破滅的支出」終焉の兆し?

若い世代の「破滅的支出」は、「50/30/20ルール」を完全に無視したも同然だ。
これは「所得の50%を家賃や食費など生活実需品に、30%を裁量的支出に、残りの20%を貯蓄にまわすべし」との教えで、日本での「家賃を所得の2割以下に抑えるべきと」に相当するもの。

コロナ禍後の米景気回復局面で、若い世代を中心とした破滅的支出は、成長エンジンを担っていたと言えよう。
ただし、クレジットカードの使用限度額到達と延滞に加え、失業が増加に向かうならば、今度は米経済を押し下げかねない。

そのような兆しは、米5月小売売上高に示唆されている。
メモリアルデーの3連休を挟みながら、前月比0.1%増にとどまった上、4月の同0.2%減のマイナスを相殺できなかった。
リテール・コントロール(自動車、燃料、建築材、外食などを除く、GDP算出に反映)は同0.4%増と強含みにみえるが、こちらも前月の0.5%減の下げ幅を打ち消せていない。
米経済の約7割を占める個人消費が、破滅的支出を経て、息切れしてきた証左と言えよう。

また、外食が同0.4%減となり、過去6カ月間で4回目のマイナスとなった。
若者の間で「経験」を重視した破滅的支出の余地が狭くなってきた状況を示唆する。

米労働統計局の調査によれば、2022年時点の平均所得は約9.4万ドル(約1,485万円)。
年齢別では25歳以下が約4.3万ドル、25~34歳は約8.2万ドルだった。
一方で、個人消費を10の所得階層別で分けた場合、平均所得上位30%が50.6%、下位70%が49.4%を占める。

チャート:2022年、所得階層別の個人消費の割合
チャート:2022年、所得階層別の個人消費の割合

上位30%と下位70%の分岐点が概ね平均所得にあたるため、若い世代の多くは下位70%に属すると考えられよう。
今後、株高が続く限り、上位30%、とりわけ個人消費の22.9%を占める最上位の10%が個人消費を支える期待もある。
ただ、若者世代の間で失業が広がれば、下位70%が米個人消費の足を引っ張り、米経済全体の重石となりそうだ。
上位10%で個人消費を支えきれるかは、疑問が残る。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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