トランプ大統領、パウエル議長解任に立ち塞がるハンフリー遺言執行訴訟

ニュース

トランプ大統領、バイデン前政権時の利下げと比較しパウエル氏を「ミスター・遅過ぎ」

トランプ大統領が4月17日、利下げ対応が遅いとして「一刻も早く解任すべき」とトゥルース・ソーシャルに投稿した。
4月21日にも、「大きな敗者であるミスター遅過ぎ(Mr. Too Late)が今すぐ利下げしなければ、経済は減速する可能性がある」と口撃。
バイデン前政権では、米大統領選の直前に3回の大幅利下げを行った当時との比較で、猛批判した。
ハセット国家経済会議(NEC)委員長が4月20日に解任を検討中と発言するなか、併せてメディアの報道合戦もあり、パウエルFRB議長の進退が取り沙汰されている。

画像:トランプ氏、パウエル氏を「ミスター・遅すぎ」と批判
画像:トランプ氏、パウエル氏を「ミスター・遅すぎ」と批判
(出所:Donald J. Trump/Truth Social)

結論から言えば、大統領によるFRB議長の更迭は不可能ではないが、ハードルは極めて高い。
米連邦準備法の10節2項に基づけば、大統領がFRB議長を含め理事を罷免するには「正当な理由(for cause)」が必要で、「任意(at will)」ではないためだ。

そうなると、「正当な理由」とは何か、という疑問が生じるだろう。
米連邦準備法で定義されていないものの、独立機関のトップと大統領との間の政策不一致でないことは、歴史が証明している。
ルーズベルト大統領(当時)は1935年、ニューディール政策を支持しなかったとして、独立機関である連邦取引委員会(FTC)のウィリアム・ハンフリー委員長を解任した。
同氏は提訴を試みたが翌年死亡したため、遺族が引き継ぎ任期満了分の給与支払いを求め訴えた結果(ハンフリー遺言執行訴訟)、最高裁判所は全会一致で罷免の無効を決定しただけでなく、「独立機関の高官は、行政府の支配から解放されていなければならない」との判断を下したのだ。
また、FTCの委員には、「準立法的または準司法的権限がある」との認識を示した。

そもそも、政権の高官とFedやFTCのような独立機関では、存在自体が異なる。
国務省など省庁の長官からホワイトハウスのスタッフなどに関しては、大統領の任意で更迭可能で、憲法第2条に盛り込まれている。
しかし、独立機関は立法府すなわち米議会が法律の名の下で設立した機関であるため、米議会が定めた法律に則し職務を遂行している限り、その機関のトップを解任できない仕組みとなっている。
ハンフリー委員長解任問題では、「能力不足、職務怠慢、不正行為(inefficiency, neglect of duty or malfeasance)」によってのみ解任されると規定されており、それに該当していなかった。

トランプ氏率いる共和党、ハンフリー遺言執行訴訟に疑問符

ハンフリー遺言執行訴訟により、FRB議長の立場も法的に守られるかのようにみえたが、これに挑戦しているのがトランプ政権である。
例えば、1期目には、オバマ政権時代に設立された消費者金融保護局(CFPB)のコードレー局長が辞任した際、自動的に局長代行に昇格するはずだったイングリッシュ副局長の代わりに、マルバニー行政管理予算局(OMB)局長を据えた。
これを受け、イングリッシュ氏は提訴。
コロンビア特別区控訴裁判所は、ドッド=フランク法に基づくCFPBの構造が合憲と判断し、解任については「正当な理由」がある場合に限られるという制限を支持した。

ただし、その後、政府の過剰な介入を望まない共和党とこれに同調する関連企業が訴訟を起こし、CFPBの組織構造の合憲性や局長解任をめぐる「正当な理由による解任」の条項に焦点を当て争った。
米連邦最高裁はCFPBにつき、指導者が1人で、その人物が組織全体を統括する構造、つまり意思決定が1人の局長に集中する形態と判断。
その結果、「能力不足、職務怠慢、不正行為」といった特定の理由でしか解任できないというのは、合衆国憲法第2条の規定、大統領による「主要な行政官を自由に解任する権限」に矛盾するとし、大統領の解任は可能との判断を下した。

トランプ氏は2期目を迎え、ハンフリー遺言執行訴訟に挑戦状を叩きつけた。
トランプ氏は、1月末に全米労働関係委員会(NLRB)とメリットシステム保護委員会(MSPB)の民主党系委員の解任を決定。
両者は提訴し、米連邦最高裁までもつれ込んだ結果、ロバーツ長官は最高裁がこの問題を検討する間は解任を無効にしない判断を下した。
ロバーツ長官は訴訟の当事者双方に、4月22日までに意見書を提出するよう要請している。

NLRBとMSPBの民主党系委員の解任問題につき、米連邦最高裁は現在の会期が終了する6月末から7月初めまでに、ハンフリー遺言執行人訴訟を含め完全な判断を下す可能性は低いと考えられる。
仮に解任を容認すれば、パンドラの箱が開きFRBの独立性への懸念が高まり、金融市場に大混乱が広がるリスクが大きく高まりうる。
ニクソン政権下、大統領の圧力に屈し金融政策運営でインフレ鎮静化を怠った「史上最悪」とされるアーサー・バーンズ氏のようなFRB議長が誕生しかねない。

もっとも、米連邦最高裁は9人で構成され、ロバーツ長官を除き保守派は4人、そのうち1人の女性は直近でリベラル寄りへシフトしつつある。
米連邦最高裁の判事それぞれの判断で、ハンフリー遺言執行訴訟の取り消しに慎重となる場合も想定されよう。

画像:米連邦最高裁、保守派とリベラル派
画像:米連邦最高裁、保守派とリベラル派

そもそも、なぜトランプ氏がハンフリー遺言執行訴訟を覆そうとしているのだろうか。
保守系シンクタンクのハドソン・インスティチュートによれば、FTCを「準立法的または準司法的権限」と表現する文言がアメリカ合衆国憲法に存在しないためだ。
ハンフリー遺言執行訴訟の失敗は、立法権、司法権、行政権を組み合わせた機関を創設する法律を暗黙のうちに是認したことにあり、同時に憲法から遠く離れた存在と位置づけたことにある。
「独立行政機関」という名称こそ、完全に憲法の外にある機関の婉曲的表現、というわけだ。

ハドソン・インスティチュートの見解もこうした独立行政機関の高官を解任できなければ、行政に影響を与えかねないとの解釈も成り立つ。
ただし、大統領の裁量で独立行政機関の役人を解任できれば、政治化への懸念もつきまとうだけに、極めて判断が難しいと言わざるを得ない。

パウエルFRB議長、解任なら法廷闘争も辞さない方向か

パウエルFRB議長は、トランプ氏の解任要請に闘う意思を貫く。
2024年11月の米連邦公開市場委員会(FOMC)後の会見では、「FRB議長の解任は法律上認められていない」と明言、職務を全うする意思を表明した。
また、WSJ紙によれば、2018年にトランプ氏が利下げを要請しながらも、パウエル氏率いるFedが利上げを続け軋轢が深まる過程で、パウエル氏は当時のムニューシン財務長官に対し、法廷闘争も辞さない意思を伝えていたという。
費用は自己負担となる見通しでも、将来のFRB議長が大統領との政策的な対立で解任されないよう異議を申し立てる覚悟を決めていたというわけだ。

ただ、パウエル氏は弁護士出身なだけに、米連邦最高裁の判断を重視する姿勢も忘れない。
4月16日、NLRBとMSPBの民主党系委員の解任をめぐる米連邦最高裁の判断について「FRBに適用されるとは考えていないが、正直なところ分からない」、「その動きを慎重に注視している」と言及。
その上で「FRBの独立性は法的な問題」とした上で、「正当な理由がない限り解任されない」との見解を繰り返した。

FRB議長やFTC委員長、証券取引委員会(SEC)委員長などは就任の際に宣誓を行うが、あの宣誓こそ、行政府に属さず、独立性を担保する証左だ。
独立行政機関が憲法の外に位置づけられるとの解釈がある一方、法律の合憲性を支持すると宣誓している。
従って、大統領による「正当な理由」に乏しい解任は法律の合憲性に抵触するとの見方もあり、転じて「憲法違反」と判断される理由を与えたものと解釈される余地がありそうだ。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

Provided by
株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


本ホームページに掲載されている事項は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としたものであり、投資の勧誘を目的としたものではありません。投資方針、投資タイミング等は、ご自身の責任において判断してください。本サービスの情報に基づいて行った取引のいかなる損失についても、当社は一切の責を負いかねますのでご了承ください。また、当社は、当該情報の正確性および完全性を保証または約束するものでなく、今後、予告なしに内容を変更または廃止する場合があります。なお、当該情報の欠落・誤謬等につきましてもその責を負いかねますのでご了承ください。

この記事をシェアする
一覧へ戻る

ホーム » マーケットニュース » トランプ大統領、パウエル議長解任に立ち塞がるハンフリー遺言執行訴訟