タカ派シフトが鮮明となった日銀、次の利上げは6月か

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3月会合、ドル円は植田総裁就任から16回のうち4回目の下落に

植田総裁が就任してから、その慎重な言動を受けて日銀金融政策決定会合はドル円の上昇イベントとみなされてきた。
2023年4月以降、25年1月までの金融政策決定会合までの15回のうち、実に12回、ドル円は前日比で上昇してNY時間を終えていたためだ。
しかし、3月18-19日の会合では、ドル円は前日比で下落してクローズ。
トルコ大統領の政敵であるイスタンブール市長の拘束や、3月米連邦公開市場委員会(FOMC)での量的引き締めの減速だけでなく、植田総裁の慎重ながらタカ派寄り姿勢が意識されたのではないだろうか。

3月19日のドル円動向はというと、前日比0.58円と、植田総裁就任以来の会合16回のうち、4回目のドル安・円高でNY時間を終えた。
2会合連続のドル円の下落は、23年4月以降で初めてとなる。

チャート:植田総裁就任以降の、ドル円の前日比変動幅
チャート:植田総裁就任以降の、ドル円の前日比変動幅

声明文では、「人手不足」と「米価格」などが物価上昇の要因に

日銀の声明文を振り返っても、タカ派のシフトの爪痕が浮かび上がる。
「人手不足感が高まるもと」との文言について、今回は「マクロ的な需給ギャップ改善に加え、賃金と物価の好循環が引き続き強まり中長期的な予想物価上昇率が上昇していくことから…」と続き、展望レポートの期間後半には「物価目標」と概ね整合的な水準で推移する見通しとの説明に続いた。
前回は、「人手不足感が高まるもと」、前年に続き春闘の賃上げ率でしっかりした賃上げ率がもたらされる見通しと明記された。
前回の利上げにつながる材料と判断された「人手不足感」が、今回の声明では明確に利上げをサポートする物価上昇要因に格上げされた格好だ。

物価の観点でいえば、今回新たに「米価格」が登場、「米価格が高水準で推移すると見込まれることや政府による施策の反動が生じることが(コアCPIを)押し上げ方向で作用すると考えられる」との文言が追加された。
植田総裁の会見内容を含め、こちらもタカ派的なシフトと位置づけられよう。

チャート:全国2月CPIは電力・ガス補助金再開で鈍化も、コアコアが24年3月以来の高い伸び
チャート:全国2月CPIは電力・ガス補助金再開で鈍化も、コアコアが24年3月以来の高い伸び

為替については、前回入っていなかった「金融・為替市場の動向やそのわが国経済・物価への影響を、十分注視する必要がある。とくに、このところ、企業の賃金・価格設定行動が積極化するもとで、過去と比べると、為替の変動が物価に影響を及ぼしやすくなっている面がある」との文言が復活した。
ただし、前回の会合でこの文言は展望レポートで扱われており、あくまで展望レポートの兼ね合いというテクニカル的な理由と判断できる。
日銀が、一貫し円安による物価高ににらみを利かせている証左だ。

全体的にタカ派的なトーンを帯びつつも、トランプ大統領が矢継ぎ早に関税策を講じる中で、今回の声明文では「各国の通商政策の動きやその影響を受けた海外の経済・物価動向…我が国を巡る不確実性は引き続き高い」との文言が盛り込まれた。
トランプ政権が4月2日から相互関税、自動車関税を発動させる意思を繰り返すなか、通商政策を受け不確実性が高まるリスクは無視できなかったのだろう。

チャート:1月発表の展望レポートでの、物価(コアCPI)見通し
チャート:1月発表の展望レポートでの、物価(コアCPI)見通し

植田総裁、トランプ関税で不確実性増大・米株安でも警戒示さず

トランプ政権の関税策には「不確実性」が伴うとはいえ、植田総裁は会見で追加利上げの時期が比較的近いシグナルを点灯させた。
相互関税などをめぐり「4月の初めにはある程度表れる公算、次回の展望レポートの中で消化できる」と言い切った。
また、「4月初めにかけ(関税の影響など、ある程度)明らかになった時点で、見通しなど検討したい」と述べており、追加利上げによる日本経済の押し下げリスクを強く懸念しているようには見えない。

3月6日にナスダックが調整相場入りするなど、不安定化する米株相場にも、どこ吹く風。
植田総裁は「(市場が荒れた時の利上げ)去年の8月、9月頃には米景気懸念から市場が大きく荒れたなかで、これが収まるまではと申し上げた」と説明した。
当時は、「時間的余裕ある」と説明していたが、今回はその表現を封印した格好だ。
その上で、当時は「例外的に荒れたとの認識で、現在はそういう状況ではなく、一般論で程度問題」と言及。
米株安について、ベッセント財務長官による「健全な調整の範囲」との見解に、足並みをそろえたかのようだ。

賃金動向についても「春闘の一次集計はオントラックでもやや強めで、一部の委員からは物価の上振れリスクに引き続き注視したいとの発言があった」と言及。
米価格について「食料品の価格上昇、予想インフレやマインドなどを通じ、二次的な影響を及ぼし得る」と述べ、利上げにつながる可能性を示した。
無理に価格を引き下げれば「景気を冷やしコストが大きい」と付言したが、利上げへ向けた意欲の強まりを感じさせる。

金利上昇局面でも、国債買い入れ減額について「修正し先に進みたい」日銀

日本の10年物国債利回りが3月10日に一時1.575%と2008年以来の水準へ急伸し、市場の注目を集める反面、日銀は静観姿勢を崩さない。
植田総裁は「通常の価格形成と異なる形で金利が急上昇する例外的な状況では、安定的な価格形成を促す観点から、機動的なオペもありうると、24年7月に決定」と述べつつ、「現状はそういう状況にはない」と断言した。
あまつさえ、「国債買い入れ減額につき、6月の中間評価で必要あれば修正し先に進みたい」とまで言及し、タカ派姿勢を印象付けた。

国債買い入れ減額について振り返ると、日銀は25年6月の会合で国債買い入れの減額を決定。
同年7月に月6兆円程度から2026年1-3月に同3兆円に減額すると発表。
原則、四半期ごとに4,000億円ずつの減額を経て、26年3月までに約600兆円→7-8%減にさせる方針だ。

チャート:日銀の国債買い入れ額、月ベース
チャート:日銀の国債買い入れ額、月ベース

この減額方針について、6月18-19日の日銀金融政策決定会合で中間評価を行う。
6月会合では政策委員の顔ぶれがタカ派へシフトする点が、重要である。
ハト派で知られる安達審議委員が3月25日に退任し、2月に衆参両院で承認された早稲田大学の小枝淳子教授が審議委員に就任する予定で、小枝教授と言えば財政規律派・利上げ支持派のタカ派寄りと目される人物だ。
中間評価では、日銀のバランスシートの健全化を主張する可能性が意識される。

次の利上げ、5月会合はハードル高く6月が有力か

3月の日銀金融政策決定会合では、タカ派への軸足シフトが鮮明になったと言えよう。
では、4月30日から5月1日の次回会合で利上げを決断するかいうと、その公算は小さい。
翌5月2日に米4月雇用統計を控え、5月6ー7日には米連邦公開市場委員会(FOMC)を予定するためだ。
24年8月5日に金融市場を日本版ブラックマンデーが直撃したが、同年7月の日銀の追加利上げ直後、米7月雇用統計の悪化が重なって引き起こされただけに、日銀としては同じ轍を踏むリスクは避けるのではないか。

6月18ー19日の会合では、前述したように国債買い入れ減額の中間評価を予定する。
評価の内容次第ではタカ派度合いが強まりかねず、しかも参議院選挙前とあって、ハードルは高いようにみえる。

もっとも、仮に相互関税が発動されているなら、金融正常化に動く必要に迫られてもおかしくない。
ベッセント財務長官が日米首脳会談前に植田総裁とオンライン会談を行い、2月6日には貿易黒字蓄積の背景に為替レートと金利抑制を挙げた。
トランプ大統領も3月3日に改めて円安批判を放っただけに、行動に迫られる余地がある。

日銀として、据え置きを継続する利点が少ない側面もある。
トランプ政権と共和党下院議長が5月末までに共和党単独で可決を目指す米債務上限の引き上げや税制改正法の延長を含めた包括案が成立していれば、リスク選好度の回復が見込まれ、株安・円高リスクも抑えられよう。
あるいは、その間に米経済への悲観的な見方が巻き戻され、利下げ観測が後退すれば円安が再燃しかねない。

7月30-31日会合は、参議院選(衆参同時選挙の可能性あり)と東京都議会選後となる見通しだ。
日銀は選挙前に政策変更を行わない慣習があり、通常なら、ここが妥当と見受けられる。
以上を踏まえれば、現時点で6月利上げの可能性は、否定しづらい。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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