米Q1のマイナス成長は一時的か、ウォール街も景気後退を基本シナリオに据えず
「トランプセッション(Trumpcession)」とは、トランプ不況を表す言葉だ。
トランプ第2次政権が発足し始めた頃から取り沙汰されてきたが、アトランタ連銀のGDPナウがマイナス成長を予測し始めた約1週間前から頻繁に登場。
3月10日にナスダックが前日比4%安も急落するなど、米株相場が大崩れすると、日経新聞もこの言葉を紹介し日本人の間でも浸透し始めている。
そのアトランタGDPナウだが、3月3日時点で米Q1実質GDP成長率につき2.8%減と予測し話題となった。
米2月ISM製造業景況指数が50.3と製造業の拡大・縮小の分岐点50を上回りつつ、雇用や新規受注が再び50を割り込み、個人消費と設備投資が大幅に下方修正されたためだ。
3月6日時点では、2.4%減と見込まれている。
チャート:アトランタ連銀のGDPナウ、米Q1実質GDP成長率予測の推移
ただし、アトランタ連銀のGDPナウで成長を押し下げているのは純輸出だ。
トランプ関税を警戒した駆け込み需要が背景にあり、1月に輸入が前月比10%増の4,012億ドルとなった結果、貿易赤字が同34%増の1,314億ドルと輸入と合わせ過去最大に膨らみ、3月6日時点での予測で純輸出の寄与度がマイナス3.84ptと成長を押し下げた。
その他、住宅が0.16ptと小幅ながらマイナスとなったが、米成長の約7割を占める個人消費の寄与度は0.3ptと、一時の2.0pt以上の寄与度から縮小しつつプラスを堅持している。
設備投資と在庫投資を合わせた企業部門も0.98ptと、3月3日時点の0.63ptを上回った。
以上を勘案すれば、米Q1のマイナス成長は、一時的と捉えられよう。
ウォール街のエコノミストの間でもリセッション懸念が強まりつつあるが、まだ基本シナリオとは言い難い。
JPモルガン・チェースのモデルによると、市場が予想する景気後退の確率は、24年11月末の17%→3月4日に31%に上昇。
ゴールドマン・サックスの類似モデルでは、1月の14%→23%へ引き上げられた程度だ。
ゴールドマンは2025年の米成長率見通しを下方修正したが、従来の2.4%増→1.7%増と、潜在成長の2%を下回る程度へのペースダウン予想にとどめている。
トランプ政権の目標は「再民営化」、過渡期は「デトックス期間」で成長減速?
ベッセント財務長官は2月25日、ワシントンD.C.の駐米豪大使館で講演を行い、トランプ政権の目標は「経済の再民営化」、つまり政府部門の役割を民間部門へ移行させることだと説明した。
その際、「民間部門はリセッションにある」と述べ、話題を呼んだ。
3月7日の米2月雇用統計前にも、ベッセント氏はCNBCに出演し「公的支出から脱却するのに伴い、自然な調整は起こる」と明言。
バイデン前政権下、経済や市場は政府支出に依存していたため、トランプ政権で「デトックス期間に入る」との見方を寄せた。
確かに、バイデン前政権では2022年下半期以降、四半期ベースで平均2.9%増と力強い成長を達成したが、そのうち政府支出が平均で0.64ポイントの寄与度を占めていた。
逆に言えば、政府支出がなければ2.36%増に縮小、下駄を履いていたことになる。
トランプ大統領が3月9日、FOXニュースで米経済は「過渡期にある」とし、米景気後退入りを明確に否定しなかったと解釈されたが、本質は「再民営化」と、政府支出への依存脱却がある。
チャート:バイデン前政権下の四半期実質GDP成長率
S&P500は200日移動平均線を割り込む、ナスダックは調整相場入り
米株相場は、「トランプセッション」を先取りし下落の一途をたどる。
S&P500は3月10日、2024年11月5日の米大統領選でトランプ氏が勝利した後の上げ幅を完全に打ち消しただけでなく、ローソク足全体が2023年10月以来となる200日移動平均線割れを迎えた。
当時は、5営業日で200日移動平均線を完全に奪回したが、弱気相場に入った2022年4月から23年1月にしばらく200日移動平均線を割り込んだ推移が続くリスクも意識される。
なお、足元で2月19日につけたザラ場の最高値と3月10日の安値で比較すると9.4%安と、調整相場が接近中だ。
ナスダックも3月10日、終値ベースで24年12月16日につけた最高値から13.4%安と、調整相場の定義である10%以上の下落を迎えた。
前営業日にローソク足全体も200日移動平均線を完全に下抜けており、こちらも2022年の弱気相場を彷彿とさせる。
このままS&P500やナスダックが弱気相場入りするかは、今後のトランプ政権の経済・通商政策のかじ取り次第であることは明白だ。
つなぎ予算の期限切れで政府機関閉鎖なら、短期的に株安継続も…
短期的に、米株の動向を見極める上で、3月14日に控えるつなぎ予算の期限切れが焦点となる。
共和党下院は3月8日に25年度末(9月末)までの歳出法案を提出した。
歳出法案では国防タカ派の主張が通り国防費が80億ドル増、退役軍人のための医療費も60億ドル増となるほか、36兆ドルに及ぶ政府債務の利息支払い1兆ドルも含む。
一方、非国防費は130億ドル減となり、民主党の反発が予想される。
仮に下院共和党が一丸となって法案を可決できたとしても、上院では共和党の議席数が53議席にとどまり議事妨害(フィリバスター)回避に必要な60票獲得はほぼ絶望的で、暗雲が垂れ込める。
ただし、明るい兆しも見えており、民主党の中道寄りのジョン・フェッターマン上院議員(ペンシルベニア)だけでなく、リベラル寄りのロン・ワイデン上院議員(オレゴン)が政府機関閉鎖を阻止する立場から支持を表明した。
民主党上院議員は、ジレンマに陥っていることだろう。
歳出法案に反対し政府機関の閉鎖をもたらせば、有権者から非難を浴びかねない。
政府効率化省(DOGE)によるリストラや歳出削減を猛攻撃する反面、政府機関閉鎖に陥れれば、職員の給与支払いは停止となり社会保障を除くサービスに影響が及ぶためだ。
逆に25年度末の歳出法案を飲み込めば、共和党支配から逃れられない無力感に苛まれ士気を喪失しかねず、苦渋の選択を迫られること必至だ。
仮に4月末までに25年度歳出法案が成立せず、つなぎ予算でしのぐ状況となれば、バイデン前政権下の2023年6月に施行された財政責任法に基づき、国防費と非国防費の両方が1%の強制削減を迎える点も、留意すべきだ。
そうなれば、やはり政府支出を通じたGDPの押し下げが視野に入る。
最後に政府機関が閉鎖したトランプ1期目の2018年12月22日から19年1月25日を振り返ると、S&P500は閉鎖中に13.3%高、閉鎖終了後1カ後は4.9%高と、切り返していた。
2019年のQ1実質GDP成長率も前期比年率2.5%増(修正値)と、堅調だった。
チャート:政府機関閉鎖とS&P500のリターン
足元はトランプ関税への不確実性が成長と株価の重しとなりうるが、ハセット国家経済委員会(NEC)委員長は3月10日、「4月以降、関税への不確実性が解消される」と発言。
米Q1成長率は小幅なプラスになると予想した。
果たしてハセット氏の楽観的予想が的中するのか、まずは25年度の歳出法案の成立がカギを握るだろう。
つなぎ予算での妥結を続ければ、トランプ政権が目指す税制改正法の延長などを含めた減税の協議が先送りされかねない。
政府機関の閉鎖となれば、一段の混乱を生み家計や企業のセンチメントも冷やしうる。
トランプ大統領就任100日にあたり、「トランプセッション」の汚名返上を果たすには、政府機関閉鎖の回避が先決となりそうだ。

Provided by
株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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