需給ギャップはマイナスでも、物価や賃金動向を受け粛々と利上げを継続
需給ギャップとは、言葉通り一国の経済全体の総需要から供給力の差を表す。
国内総生産(GDP)ギャップとも呼ばれ、総需要は実質GDPを、供給力は労働力や設備などといった潜在成長を指す。
計算式は「需給ギャップ = (実質GDP – 潜在GDP)÷ 潜在GDP」。
日本で、この需給ギャップは長らくマイナスをたどってきた。
日銀が1月に発表した需給ギャップは、24年7-9月(Q3)時点でマイナス0.5%と、前期の0.6%から下げ幅を縮小しつつも、2020年Q2から続くトレンドに沿いマイナスに。
需給ギャップがマイナスの場合は、利上げすべきではないとの議論がある。
日銀の内田副総裁も、理事時代だった2022年4月、衆議院・財務金融委員会に出席し、需給ギャップがマイナスとの観点を含め当時、強力な緩和政策の必要性を主張していた。
しかし、足元で日銀が推計する需給ギャップは約4年にわたりマイナスを維持するなかでも、2024年3月の大規模緩和解除に踏み切った。
日銀が賃金と物価の好循環を踏まえ、2%物価目標持続的・安定的な観点から、同年7月と2025年1月には追加利上げを実施。
全国消費者物価指数(CPI)や企業物価指数に含まれる輸入物価指数、実質賃金の動向などを踏まえ、利上げが適切と判断されたことは間違いない。
チャート:実質賃金、12月は前年比0.6%と2カ月連続でプラス
チャート:輸入物価は4カ月ぶりに前年比プラス
これまで3回の利上げを経て、政策金利である無担保コール翌日物金利は0.5%と、2007年2月から08年10月以来の高水準となった。
1995年9月以降、「壁」と位置付けられてきた水準である。
この「壁」に対し、植田総裁は2024年7月会合後の会見から一貫して「そこは(壁として)意識していない」との立場を表明。
1月会合の会見では、0.75%の水準に対しても「今後の経済・物価・金融情勢次第であって、予断は持っていない」と回答したほか、中立金利まで「相応の距離がある」とも回答し、追加利上げへの道筋をあらためて強調した。
ただし、今後のスケジュールを踏まえれば、まさに植田氏が発言した通り、予め追加利上げについて判断しづらい側面がある。
チャート:上半期、春以降は米国がリスク要因のひとつに
(作成:日銀などよりストリート・インサイツ作成)
米共和党内、税制改正延長と米債務上限引き上げなどで交渉難航も
特に、春頃からはトランプ政権が進める税制改正法や国境警備強化などを含めた包括法案が議論されることになるだろう。
包括法案は、米上下院で多数派を握る共和党のみで財政調整措置を講じて成立させる方針だが、共和党のリードは僅差だ。
特に米下院については、保守強硬派の議員連盟フリーダム・コーカスが約40名の組織を成し、2024年12月にはつなぎ予算法案で、トランプ氏が提案した債務上限の2027年1月までの引き上げに反対した。
税制改正法の恒久化を進めるにあたっては、債務上限の引き上げあるいは凍結が必要であり、交渉が難航する場合がある。
既に米下院の共和党指導者たちは、10年間で1兆ドルの節約をもたらす削減案を提案しているが、フリーダム・コーカス下院自由議員連盟のメンバーはその倍以上の、2.5兆ドルの削減を求めているという。
足元、米債務残高は上限に到達し、米財務省が特別措置でやりくりする状況だが、6月以降に枯渇する恐れがあり、それまでに成立していなければ、米国が債務不履行(デフォルト)に陥るリスクをにらみ、金融市場に激震が走ってもおかしくない。
しかも、足元でトランプ氏は中国への10%追加関税に続き、鉄鋼・アルミ追加関税の発動を発表。
まもなく、「相互関税(貿易相手国と同率の関税を課す仕組み)」についても、決定する方針だ。
金融市場には、不確実性がつきまとう。
1月会合の「主な意見」、利上げのゴールポストを動かす?
そのような状況下でも、日銀が4月30-5月1日の会合(=5月会合と呼ぶ)で、追加利上げを行う観測が浮上している。
理由は2つで、1つは1月会合の主な意見がタカ派寄りに傾斜したためだ。
主な意見では、「2022年度から4年連続で2%を有意に上回る」とし、「コストプッシュとはいえ、経済主体の物価観は累積的に高まっている」との認識を示された。
物価については「2025年度に向けた価格転嫁の一段の進展や円安進行」による上振れの他、「不動産を含めた資産価格上昇」も指摘。
その上で「今後、過度な緩和継続期待の醸成による円安進行や金融の過熱を避ける観点から、金融緩和度合いの調整を行うことも必要」と明記した。
これはすなわち、賃金と物価の好循環が2%物価目標の持続的・安定的な達成をもたらすと判断できれば利上げ、との姿勢からの変更を示唆するように映る。
円安進行や不動産価格の上昇を阻止するための利上げへの選択肢を確保したと捉えられ、ゴールポストを動かしたと捉えられよう。
特に、円安については「日本経済の現状を見ると、昨年前半までのような急激な円安の進行は決して望ましいものではない」と強調した。
円安進行次第では、追加利上げのカードを切る姿勢を打ち出したかのようだ。
しかも、足元の日本経済への懸念も低下している。
主な意見では「ある程度の下方のストレスを吸収できる程度には、日本経済の頑健性は全体として高まっている」と明記しており、2024年12月の追加利上げを見送った割に、楽観度を強めた格好だ。
田村審議委員、タカ派の本領発揮か「GDPギャップは実態的にプラス」
主な意見での内容に加え、タカ派寄りの田村審議委員の発言も追加利上げへの機運を高めた。
同委員は2月6日、長野県で開催された金融経済懇談会で「中立金利について、私は、最低でも1%程度…従って2025年度後半には少なくとも1%程度までの短期金利を引き上げが物価安定に必要」と従来の見解を強調。
足元の政策金利は0.5%と約17年ぶりの高水準だが、「0.75%引き上げでも、実質金利は大幅にマイナスで、経済引き締めの水準にはまだ距離がある」と、追加利上げ余地が大きいとの考えも示唆した。
さらに驚くべきは、需給ギャップへの考え方だ。
「既に実態的にはプラスの領域にあり、供給力不足が物価に上昇圧力をかけている状況にあるのではないか」と述べ、足元のマイナスにある状況を否定し、追加利上げが可能との見方を強調した。
日銀による需給ギャップの推計をみると、前述したように2024年Q3時点で0.5%のマイナスだ。
しかし、田村氏は「需給ギャップを分解すると、労働投入ギャップがプラス(人手不足)になっているのに対し、設備がフルに稼働せず、資本投入ギャップがマイナス(設備が過剰)」と説明。
その上で「設備がフル稼働していないのは必ずしも需要が不足しているからではなく、人手不足によって十分に設備を稼働させられないという側面も大きいと考えられる」と述べ、実態的にはプラスの領域にあるのではないかと主張した。
チャート:日銀による需給ギャップの推計、2024年Q3時点では0.5%のマイナス
これは、氷見野副総裁の1月30日の講演での「回答」の一つと解釈できる。
氷見野氏は「(需給ギャップ)-1%前後の推計値は過去の強い緩和時期に引きずられていないか」と発言、足元のマイナスの状況に疑問を寄せていた。
田村氏が示した回答は、まだ一例に過ぎない。
しかし、2月20日に予定する同じくタカ派寄りの高田審議委員が同様の見解を示せば、5月利上げ観測が高まりかねない。
5月ならば、タイミングとして米国がデフォルトするリスクも差し迫っていないだけに、有力な選択肢となりうる。
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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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