ベッセント氏の指名公聴会、トランプ2.0で「米国は黄金期」
「米国は、黄金時代を迎えなければならない」――トランプ氏は2024年11月6日、米大統領選での勝利演説で豪語した。
では、トランプ氏がいう黄金時代とは何を指すのだろうか? 少なくとも、トランプ氏のスローガン「米国を再び偉大にする(Make America Great Again)」の「偉大な米国」について、2016年3月付けのニューヨーク・タイムズ紙で「1940年代後半か1950年代」と説明。
その時代、米国は「押しつけられることなく、誰からも尊敬されていた。戦争に勝利し、行うべきことを行っていた」という。
トランプ氏に次期財務長官として指名されたスコット・ベッセント氏は、米上院財政委員会で行われた指名公聴会で、トランプ新政権は「全てのアメリカ人により多くの職や富、繁栄をもたらす新たな黄金時代に導く」と、トランプ氏の勝利演説を繰り返した。
ベッセント氏は、トランプ2.0がいかに黄金時代を築くのか、以下のように説明した。
トランプ氏がこれまで発言してきたように、「成長を促進する規制緩和や減税、米国のエネルギー生産を解放することで、米国経済を活性化させる」。
さらに「資本市場の広がりと深さ、予測可能な成長促進税政策、そして賢明な最新の規制は、米国をビジネスの成長拡大や上場する目的地として、最も人気の高い存在であるだろう」と述べた。
「経済を成長させる生産的な投資は、インフレを引き起こす無駄な支出よりも優先されるべき」と説くことも忘れない。
ドルについては、「世界の準備通貨たる地位を確実にすることが重要」と強調した。
ただし、トランプ次期政権がドル高を国益とするかは明言せず。
なお、トランプ氏は2017年1月17日、就任式直前に「ドルは高過ぎる」と発言した。
足元では、1月7日の記者会見で「米金利は高過ぎる(Interest rates are far too high)」と言及したが、ドルの水準については言及していない。
ベッセント氏、関税強化でも「ドル高」を一因にインフレ再燃せずと証言
注目の関税について、ベッセント氏はインフレの再燃を引き起こす材料とはならない立場を明確化した。
民主党のロン・ワイデン上院議員(オレゴン州)が、関税を引き上げれば米国民に負担を強いるのではと質問したところ「仮に10%の関税を発動した場合、ドルが4%上昇し、10%が消費者に転嫁されるわけではない」と証言。
また「消費者の好みが変わる可能性があり、特に中国のような海外の製造業者は、現在の経済不況から脱却すべく輸出を続け、市場シェアを維持すべく価格を引き下げ続けるだろう」と説明した。
同時に、関税がトランプ次期政権の外交政策などを実現する上での交渉カードとも付言した。
一連の発言内容は、トランプ1期目当時、鉄鋼・アルミ追加関税や対中追加関税を発動させた当時、インフレが抑制された事実を思い出させる。
当時を振り返れば、輸入物価指数の上振れは限定的だったが、これは対ドルでの人民元安も一因だ。
トランプ1期目に、鉄鋼・アルミ追加関税と対中追加関税は同年3月から発動されたが、輸入物価指数は一時的に2018年5-7月にかけ前年同月比で5%近く上昇も、以降は人民元が対ドルで下落した影響もあり、2018年12月末以降はマイナスに転じた。
チャート:米輸入物価指数と対ドルでの人民元、前年比の伸びは概ね正比例
加えて、ベッセント氏はトランプ氏が提案する関税強化を始め不法移民の大量強制送還が賃金を引き上げるとともに、規制緩和が消費者のコストを引き下げるとの見通しを寄せた。
ベッセント氏の発言は極めて楽観的に聞こえるだろう。
しかし、米国民もインフレ再燃を警戒している様子はない。
NY連銀の12月消費者調査によれば、インフレ期待は1年先が前月の3.0%で変わらず、3年先は前月の2.6%→3.0%と23年11月以来の高水準、5年先は前月の2.9%→2.7%と9カ月ぶりの低い伸びだった。
トランプ氏は既にカナダやメキシコに対し、不法移民とフェンタニルを中心とした違法薬物の流入をめぐり取り締まりを強化しなければ新たに関税を25%、中国にも違法薬物流入で対応しなければ追加で10%の追加関税を課すと警告したが、インフレ期待への影響は限定的だ。
チャート:NY連銀の12月消費者調査、インフレ見通し
また、1年先の価格上昇率予想でも、ガソリンが2.0%と20年2月以来の低い伸び、医療費も5.6%と2013年の統計開始以来で最小の伸びだった。
これは、トランプ氏の選挙公約、エネルギー生産の拡大と、製薬業界の中間業者のマージン低下に伴う価格引き下げへの期待を表していると言えよう。
チャート:NY連銀の12月消費者調査、1年先見通し価格見通し
ベッセント氏、税制改正法の延長が「最重要課題」
トランプ1期目で成立した税制改正法は、年末に期限切れを迎える。
ベッセント氏は指名公聴会で、「これは今日、最も重要な経済問題」と位置づけた上で、「仮に延長されなければ、経済的な大災難を迎え、中間層への巨大な増税を強いる」と懸念を表明した。
ただし、ベッセント氏は米財政赤字の拡大についても警告も忘れず、「問題は歳入ではなく歳出だ…歳出は制御不能に陥っている」と強調。
また「過去4年間の平均で財政赤字はGDP 比7%という歴史的な高水準へ膨れ上がった」と指摘し、「我々は過去4年間で40%もの驚異的に拡大した裁量支出を調整する必要がある」と訴えた。
なお、トランプ1期目の財政赤字は、コロナ禍での財政出動もあり、平均でGDP比6.6%、バイデン政権では7.4%となる。
チャート:米財政赤字
税制改正法を成立させる上では、米上下院で多数派を握る共和党が一枚岩となる必要がある。
そこで障害となりうるのが、米下院共和党で構成される保守強硬派の議員連盟 “フリーダム・コーカス”だ。
共和党は米下院の435議席のうち220議席しか有しておらず、過半数の218票を確保する上で総勢約40名の彼らの意見は無視できない。
また、トランプ氏は低課税と共に低金利をアピールするだけに、米金利の上昇を抑制する必要がある。
ベッセント氏は、これらを意識した発言内容であることは間違いない。
チャート:2025年の米上下院、議席数
ベッセント氏の発言を踏まえれば、トランプ2.0でインフレ再燃のリスクは回避されうる。
ただし、ベッセント氏が証言したように、関税効果を打ち消す「ドル高」がカギを握る。
ベッセント氏は2024年10月、英フィナンシャル・タイムズ紙で米経済が発展するなら、トランプ氏はドル高を容認すると予想した。
ベッセント氏の見通しが的中するかは、トランプ次期政権の政策運営とトランプ砲が教えてくれるだろう。

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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