日銀は予想通り据え置き、植田総裁会見は予想外にハト派寄り
1995年にアカデミー作品賞を受賞した映画『フォレスト・ガンプ』と言えば、「人生はチョコレートの箱。食べるまで中身はわからない」の名台詞だ。
日銀の金融政策決定会合後の植田総裁の会見は、予想に反し、開いてみなければ分からない内容となった。
日銀は12月18-19日に開いた金融政策決定会合で、市場予想通り無担保コールレート(翌日物)を0.25%で据え置いた。
声明では、本文がたった4行の10月会合と異なり、9月会合の声明に続き「金融政策は緩和した状態」の他、インフレ動向については展望レポートの見通し期間後半に「物価安定の目標と概ね整合的な水準で推移」すると考えられていると明記。
また、「金融・為替市場の動向や我が国経済・物価への影響を十分注視」、「企業・賃金・価格設定行動が積極化するもとで、過去と比べると為替の変動が物価に影響を及ぼしやすくなっている面がある」との内容も繰り返した。
つまり、物価動向など経済指標は「オントラック」とされ、金融政策を決定する上で為替を考慮する姿勢を強調したと言える。
ここまでは、筆者を含む市場関係者が予想した「タカ派的据え置き」のシナリオに近いものだった。
しかし、市場を驚かせたのは、植田総裁の記者会見だ。
植田総裁は、追加利上げを見送った理由として、主に①春闘のモメンタム、②トランプ次期大統領の経済政策をめぐる不確実性――を掲げた。
また、足元の物価動向については「輸入物価の対前年比では、割と落ち着いているという状況」と指摘。
データ自体は足元数カ月「オントラック(想定通り)」であるものの、不正確な言い方と断りつつ「ワンノッチほしい」と述べ、具体的な一例として賃金上昇の持続性、並びに春闘のモメンタムを挙げた。
植田総裁はトランプ次期政権の政策不確実性について、経済政策、追加関税を交えた通商政策、移民政策を挙げたが、記者が質問したように、これらの影響がいつ判明するかは不透明だ。
加えて、植田総裁が明言したように、春闘のモメンタムにつき全体像が判明するのは「3月とか4月」というタイミングである。
画像:植田総裁、主な記者会見での発言内容
筆者が不自然に感じたのは、11月30日付け日経新聞での植田総裁インタビューで使用されたタカ派的な文言である「データがオントラックに推移している意味で、(追加利上げは)近づいている」、「一段の円安はリスク大きい、政策変更で対応せざるを得ない」などを一切踏襲しなかった点だ。
特に円安への見方については、警戒度を大きく緩めたかのようで、輸入物価への評価がまさにそれに当たる。
11月輸入物価指数(円ベース)は前年比にて3カ月連続でマイナスだったが、前月比では1.5%と2カ月連続でプラスだったにもかかわらず、たった2週間半で円安進行を許容する姿勢に「豹変」したかのようだ。
チャート:企業物価指数と輸入物価指数の前年比
チャート:輸入物価指数、前月比
追加利上げは1月か3月か、あるいはそれ以降か
米連邦準備制度理事会(FRB)がタカ派的な利下げを行い、今後の利下げペースの減速を明確にした後で、なぜ植田総裁率いる日銀は、ここまでハト派寄りに傾斜したのか。
米国要因と春闘モメンタム以外の要因で、3つ考えられよう。
1つに、日米の予算が挙げられよう。
3月末までの予算成立の内容を見極めたい思惑の他、10月の衆議院総選挙で躍進し「年収103万円の壁」の見直しを訴える国民民主党は、高圧経済の必要性を唱え、日銀の追加利上げに否定的だ。
玉木代表は衆議院総選挙後の11月1日、「向こう半年は利上げを急ぐべきではない」とし、為替を目的に政策変更すべきでないとも強調。
4日後に行った定例会見では、日銀は政策変更しないで「中小企業の賃上げなどの状況を見定める必要」を主張した。
つまり、予算審議前、審議中の追加利上げを自民党と公明党率いる与党がすれば、予算審議で国民民主党の協力を得られなくなるリスクがあろう。
また、米国の予算でいえば、2月か3月に予算教書が控える。
トランプ次期大統領は追加関税措置に言及済みだが、減税と歳出削減に動く方針だ。
追加関税と減税はインフレ要因だが、歳出削減は成長と金利を押し下げうる。
植田総裁は、ここを評価する余地を作ったのではないか。
チャート:トランプ次期大統領と米国をめぐる2025年の主要スケジュール
2つ目に株価動向が考えられ、日経平均の下落回避を狙ったのではないか。
7月31日の追加利上げ発表後の8月5日、日経平均は12.4%安と過去2番目に大きな急落を迎え、「日本版ブラックフライデー」と呼ぶ声もある。
米国株はタカ派的なFedを嫌気しダウ平均が12月18日まで1974年以来となる10日続落していただけに、追加利上げで日経平均が共倒れするリスクをにらみ、敢えてハト派寄りにシフトしたのではないか。
3つ目は、トランプ次期大統領を見据えた日本としての戦略だ。
日銀金融政策決定会合2日目、政府はトランプ陣営から2025年1月中旬にも会談開催の打診を受けたと発表した。
安倍元首相の妻、昭恵夫人の訪米や、ソフトバンクの最高経営責任者(CEO)である孫正義氏の1,000億ドル(約16兆円)投資計画の後に、会談を望む姿勢が米国から飛び出した格好だ。
昭恵夫人と孫CEOは私人としての立場で訪米したが、石破首相との対話が生まれる糸口がつかめただけに、日本政府にしてみれば大金星だろう。
ただ、発表のタイミングが日銀金融政策決定会合だった点が気になる。
トランプ氏と対話し、同氏が4月と7月に行ったドル高・円安是正の姿勢を見極めるべく、政府が日銀に追加利上げを見送るようけん制を放ったのではないだろうか。
孫CEOが1,000億ドルの投資計画を発表した傍に、財務長官に指名されたスコット・ベッセント氏は見えなかっただけに、トランプ陣営がドル高・円安を容認したと思わせないよう、配慮した可能性もある。
トランプ氏がドル高・円安是正に物申していた状況を踏まえれば、植田総裁の会見での円安警戒引き下げに疑問が残る。
もっとも、トランプ氏が足元で日本を槍玉に挙げていない上、昭恵夫人と孫CEOのファインプレーにより、大統領に就任した直後にドル高・円安是正に動く時間的余裕ができたとも言えよう。
こうなると、1と3の理由により、日銀の追加利上げは2025年3月と予想するのが自然に見える。
とはいえ、植田総裁は会見で、「金融政策運営については、特定のデータやイベントを待たないと判断ができないというものではない」と述べるのも忘れなかった。
1月追加利上げのシナリオが消えたと判断するのは早計だろう。
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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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