海外勢は年明け再び円売り攻勢も?試される日銀

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11/30植田総裁インタビュー後、メディアは一斉に12月利上げ観測を火消し

米国でFedウォッチャーと言えば、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙のニック・ティミラオス記者が有名だ。
同氏は、米連邦公開市場委員会(FOMC)前に観測記事を配信し、金融市場関係者はその内容を受けて政策発表に備えるのが常だ。
しかし、20年以上前は、ブルームバーグに同じくFedウォッチャーとしてその名を馳せたジョン・ベリー氏という記者がいた。
しかし、彼は後にFedを怒らせることとなり、ワシントン・ポスト紙へ転職する羽目になる。
当時のWSJ紙のFedウォッチャーだったグレッグ・イップ氏が敵失を活用し、ジョン・ヒルゼンラス氏→ニック・ティミラオス氏へバトンをつなぎ、WSJ紙がFedウォッチャーの座を確保するに至る。

マーケット・ニュース・インターナショナル(MNI)にも、スティーブ・ベックナー氏がいた。
彼もFedウォッチャーで知られたが、観測記事で有名になったというより、彼は初めて地区連銀総裁に取材し光を当てた記者として名を残す。

つまり、Fedウォッチャーと呼ばれた記者は、Fedとの信頼を構築できた会社だけが連綿とその歴史をつないできたと言えよう。

日本でも、日銀(BOJ)ウォッチャーなる記者は少なくない。
植田総裁の記者会見で質問する記者などは、その最たる例だ。
そのBOJウォッチャーが11月30日付けの日経新聞の植田総裁インタビューの後、一斉に「12月利上げ見送り」と報じた。
口火を切ったのは12月4日付けの時事通信で、有料端末のみで、トランプ次期政権の経済政策などが絡む不確実性から、「1月以降の追加利上げ」を報じ、MNIが英訳した記事を伝えた。
そして、12月11日にブルームバーグが「日銀は利上げ急がず、今月見送りで物価加速リスク小さい」と題した記事を配信。
怒涛のように12日にロイター、13日に日経新聞と共同通信が後に続いた。
11日以降、日経新聞を含め一斉に12月追加利上げ見送りを報じた結果、それぞれが日銀筋などから確たる情報を得て伝えたと判断され、ドル円を154円超えへ押し上げた。

特に、11月30日付けの植田総裁インタビューを報じた日経新聞まで後追いしただけに、「利上げが近い」との意味は12月追加利上げを示唆したものでなかったと、改めて判断された格好だ。
一連の報道を受けエコノミストも1月以降へ利上げ見通しを修正したのは、言うまでもない。
海外の金融機関では、為替を理由に0.25%利上げを予想するエコノミストも存在するが、これは日本と海外における情報の非対称性によるものだろう。

チャート:植田総裁の日経新聞インタビュー内容1218
チャート:植田総裁の日経新聞インタビュー内容

チャート:各メディア、日銀の観測報道1218
チャート:各メディア、日銀の観測報道

植田総裁と内田副総裁が抱える、それぞれのトラウマ

筆者も、11月30日付けの植田総裁のインタビューを受け、12月追加利上げへの地均しと捉えたが、日銀はやはり①トランプ2.0、②賃金・物価動向、③日本の予算並びに政治動向――を見据え、慎重にならざるを得ないようだ。

特に①については、植田総裁と内田副総裁それぞれが関与した2つのトラウマにあり、その根本が米国情勢にあることだろう。
1つ目に、2000年8月のマイナス金利解除で、当時、審議委員だった植田氏は解除に反対。
その後、米国をITバブル崩壊と同時多発テロ事件が襲った。
2つ目は2006年7月のゼロ金利政策の解除と2007年2月の追加利上げで、その翌年にリーマン・ショックという未曽有の事態に陥った。
当時、内田副総裁は金融政策の立案を行う企画局参事役だった。

12月会合では、1月利上げの道筋を残すか注目される。
トランプ2.0をめぐっては、就任式が2025年1月20日であり、日銀の金融政策決定会合は1月23-24日に開催されるため、一部では1月の追加利上げが可能なのかとも疑問を寄せる。

氷見野副総裁、植田総裁の講演、2023年との符号

ただし、日銀は12月9日、氷見野副総裁が2025年1月14日に神奈川県の金融経済懇談会に出席し、同日午後に記者会見に臨むと発表した。
1月23-24日の会合直前の金融経済懇談会を開くのは、少なくとも黒田前総裁就任以降で初めてで、極めて「異例」と言える。

氷見野副総裁といえば、過去の講演のタイミングを踏まえると、金融政策変更と重なるだけに、1月追加利上げへの期待を強める要因だ。
2023年12月6日、大分県で開催した金融経済懇談会に登壇し、「賃金と物価の好循環の状況をよく見極めて、出口のタイミングや進め方を適切に判断する」と述べた。
一部の日銀ウォッチャーの間では、能登半島地震が起きなければ、翌年1月21-22日の金融政策決定会合でマイナス金利解除に踏み切る方針だったとされ、氷見野副総裁が地均しを行ったと言える。

さらに、6月4日には、米コロンビア大学ビジネススクール・日本経済経営研究所主催のイベントで行われたパネルディスカッションに出席し、「基調的インフレの見極め、物価データだけではなく賃金や起業行動など様々な要因を見る必要」、「国債買い入れ、非連続・不測の変化避けるべき」、「物価の影響を踏まえ、為替に非常に注意を払って分析」などと発言した。
その後、6月13-14日の日銀金融政策決定会合で、国債買い入れ減額を決定、7月30-31日には追加利上げを決定したことが思い出される。

チャート:2023年12月、24年6月の氷見野副総裁発言と、その後の日銀の政策1218
チャート:2023年12月、24年6月の氷見野副総裁発言と、その後の日銀の政策

もうひとつ、2023年との符号がある。
日銀によれば、植田総裁は12月25日に前年に続き、日本経済団体連合会審議員会に登壇する予定だ。
当時の2023年12月25日の発言を振り返ると、「目標実現の確度が高まれば 金融政策の変更を検討」と述べ、マイナス金利解除を示唆していた。
同年12月27日には、NHKでの単独インタビューにも応じ、「来年の春の賃金改定、それからここまでの賃金の動きがサービス価格にどう反映されていくか、この2点」、「中小企業の賃上げのデータが出そろわなくとも、前もって判断可能」と発言。
大規模緩和解除へのサインを点灯させていた。

チャート:植田日銀総裁、2023年12月の主な発言内容1218
チャート:植田日銀総裁、2023年12月の主な発言内容

足元、ドル円が154円を超え約3週間ぶりの高値をつけるなか、会合後の植田総裁の記者会見で、11月30日付けのインタビュー内容「(追加利上げは)近づいている」、「一段の円安はリスク大きく、政策対応せざるを得ない」などが繰り返されなければ、1月利上げに慎重と捉えられよう。
会見内容次第では、ドル円は11月15日の高値156.75円を超え一段高へのリスクをはらむ。

しかも、海外市場関係者からは「トランプ次期大統領と未だ会談していない石破政権下で、ドル売り・円買い介入を行えるはずはない」との声が聞かれ、「円売り攻勢に向け爪を研ぐ」状況だという。
海外勢が円売りを仕掛けづらいほど明確な「タカ派的据え置き」でなければ再び160円が視野に入るなか、植田総裁はどのようなメッセージを送るのだろうか。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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