植田総裁「一段の円安はリスクが大きい」発言、想定される3つの理由
「不自由を常と思えば不足なし」、徳川家康の名言のひとつだ。
3月の大規模緩和解除以降、金融政策の正常化へ船出した植田総裁率いる日銀は、追加利上げの方向を目指しゆっくりと進むが、眼前には荒波が待ち構え、決して自由な航行が許される状況ではない。
植田総裁はそれでも10月以降、着実に利上げへの道筋を固めつつある。
11月29日、米感謝祭明けで米株と米債の市場が短縮取引で終了するなか、NY市場に衝撃を与えた。
日経新聞オンライン版が午前2時、植田日銀総裁のインタビュー記事を2本、それに関する記事を2本、立て続けに合計4本配信したためだ。
それぞれの主なポイントは以下の通りで、最重要ポイントは①経済・物価など指標が想定通り(オントラック)、②一段の円安はリスクが高く、政策変更で対応せざるを得ない――の2つだ。
チャート:植田日銀総裁の日経新聞インタビュー、主なポイント
この記事のポイントは、インタビューが11月28日に行われたという一点に尽きる。
11月30日の午前2時に配信されたタイミングも踏まえ、2月の追加利上げの地均しを行ったのであれば、以下の3点が考えられるのではないか。
1つ目に、ドル円が11月27日に151円割れを迎えるなど一段の下落が視野に入っていた中での「一段の円安はリスクが高く、政策変更で対応せざるを得ない」との発言だ。
植田日銀総裁が独断でインタビューを受けたはずはなく、これはドル円の一段高を阻止する政府との協調路線の上での発言と受け止められよう。
2つ目に、ドル円の上昇に伴う物価高の再燃が挙げられる。
25年7月に参議院と東京都議会の選挙を控えるだけに、特に政府側が、これ以上の物価高による自民党離れを許容できないと腹を括ったのではないか。
11月に発表された一連の物価指標を振り返ると、そろってドル円の上昇に伴う伸び加速が確認できた。
10月輸入物価指数はドル円が140円割れから153円台を回復する過程で、前月比3.0%も急伸し約2年ぶりの伸びへ加速した。
企業サービス物価指数は同3.1%上昇し、3カ月ぶりの強い伸びとなった。
さらに、11月東京都区部物価指数は同2.6%、生鮮食品を除くコアも同2.2%とそれぞれ4カ月ぶりの強い伸びに。
生鮮食品とエネルギーを除くコアコアは同1.9%、輸入物価高を受け生鮮を除く食品も同4.0%と、それぞれ8カ月ぶりの伸びに加速し、家計への打撃が明白に見て取れる。
当然ながら、物価高では実質賃金がプラス回復を妨げるだけに、円安による物価高を抑制し実質賃金をプラスへ誘導し、植田日銀総裁がインタビューで言及したように「消費をサポートしていく」期待が持てる。
チャート: 10月企業サービス物価指数は、総平均が3カ月ぶりに加速
チャート:11月東京都区部CPI、そろって伸び加速
チャート:実質賃金、ドル円が一時140円割れを迎えた9月にマイナス幅は縮小
トランプ砲被弾を回避すべく、先手必勝でドル高・円安是正も?
3つ目は、トランプ2.0に備えた対応と受け止められよう。
トランプ次期大統領は11月25日、急増する不法移民や犯罪増加、合成麻薬を始め薬物流入の阻止に動かなければ、カナダとメキシコに1月20日から追加関税25%を発動する米大統領に署名する方針を表明。
同日、中国には合成麻薬流入に対応しなければ、追加関税10%を発動する意思を明らかにした。
加えて11月30日には、BRICS諸国による①新たな共通のBRICS通貨の創設、②強大なドルの代替通貨支持――など米ドル離れの推進を止めなければ、追加関税100%を課すと予告した。
このうち、中国に対しては①合成麻薬流入、②BRICS諸国へのドル離れ推進――の観点で、2つもやり玉に挙げた格好だ。
トランプ氏は米大統領選の最中に対中強硬策を講じる意思を繰り返し表明していただけに、有言実行と言えよう。
チャート:トランプ2.0の主な政策課題
(出所:各種報道よりストリート・インサイツ作成)
トランプ氏は、上のチャートに列記される選挙公約に掲げた政策を実行に移しつつある。
ドル高是正について公約に掲げたわけではないが、麻生副総裁(当時)との会談直前にあたる4月23日に、「対円で34年ぶりのドル高は大惨事」と自身のSNSであるトゥルース・ソーシャルに投稿した。
また、7月16日付けのブルームバーグ・インタビューでは、「ドル高・円安・人民元安が著しく進行した」と猛批判した。
こうした状況を勘案すれば、トランプ第2次政権発足前にドル高・円安是正に打って出るのは得策と言えるのではないか。
画像:4月23日付けのトランプ氏の投稿
(出所:Truth Social)
以上の3点を踏まえれば、今回の植田日銀総裁のインタビューは、12月18~19日開催の日銀金融政策決定会合で追加利上げの地均しを行ったと解釈するのが自然なように映る。
ただ、12月4日のドル円相場は、マーケット・ニュース・インターナショナル(MNI)が政治要因で日銀の追加利上げは慎重になるとの観測記事が流れた影響で、買い戻しを迎えた。
12月3日に韓国の尹大統領が戒厳令を布告した結果、一時は10月11日以来の149円割れを迎え148.64円まで下落したが、翌4日にはMNI報道を受けて150.17円まで切り返した。
12月18~19日の日銀金融政策決定会合までまだ時間があるだけに、あらゆる観測報道が飛び交うに違いない。
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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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