ベッセント氏はトランプ関税を擁護、初代財務長官の「愛用ツールを復活させる時が来た」
11月22日、米財務長官指名争いにようやく終止符が打たれた。
最終的にトランプ氏が米財務長官に白羽の矢を立てたのは、キー・スクエア・グループ創業者兼CEO、スコット・ベッセント氏(62歳)。
同氏は、前回のレポートで指摘したように、トランプ氏の経済アドバイザーであり、著名な投資家ジョージ・ソロス氏率いるソロス・ファンド・マネジメントで最高投資責任者(CIO)まで上り詰め、自身のヘッジファンドを立ち上げるに至る。
イエール大学卒業後、ソロス氏と共にクォンタム・ファンドを立ち上げたジム・ロジャース氏の下でインターンを務め、ソロス氏のファンドに入ってからは英ポンド危機を引き起こしたチームを率い、2013年にはアベノミクス下にて円売りで成功した。
トランプ氏は、11月22日に自身が運営するトゥルース・ソーシャルで「スコットは、世界有数の国際投資家、地政学・経済戦略家として広く尊敬され…『米国第一主義』の推進者であり、米国の競争力を高め、不公平な貿易不均衡を是正する私の政策を支持する」との見解を表明した。
画像:トランプ氏、ベッセント氏を米財務長官に指名
(出所:Donald J. Trump/Truth Social)
トランプ氏が、指名にあたってベッセント氏を「米国第一主義の推進者」と評価するように、米大統領選の最中、ベッセント氏は同陣営の経済アドバイザーとして数々のメディアに寄稿した。
CNBCでは、米連邦政府債務を削減する方法は、①規制緩和、②エネルギーの優位性、③経済の再民営化――を掲げていたものだ。
気になる為替政策でいえば、ベッセント氏は10月14日付けの英フィナンシャル・タイムズ紙インタビューで、トランプ氏について結局のところ「自由貿易主義者」と位置付け、経済発展なら「ドル高」が見込まれ、トランプ氏もそれを容認する見通しと述べた。
トランプ氏と言えば、度重なるドル高・円安是正発言が思い出されるが、ベッセント氏は英フィナンシャル・タイムズ紙のインタビューでこれを否定した格好だが、米財務長官就任にあたり「強いドル」に言及するのか試されよう。
ベッセント氏は、10月23日付けの英エコノミスト誌で、グローバリゼーションが米国の不平等を拡大させ、社会的および経済的格差を広げているとの見解を寄せた。
「西洋の中産階級および労働者階級の人々は、グローバリゼーションに対してますます警戒心を抱く」と指摘。
解決策として、ベッセント氏は「国際貿易システムの利益を維持する唯一の方法は、その誤った前提のいくつかを見直し、現在の状況に合わせて更新すること」と提案し、まるで米中西部のラストベルト(さびれた製造業地域)の状況を代弁するかのようだ。
ベッセント氏は、米大統領選でトランプ氏が勝利した後の11月15日、FOXニュースに「関税について語ろう。
アレクサンダー・ハミルトンの愛用ツールを復活させる時が来た」と題した寄稿文にて、関税の正当性を主張した。
「アメリカ憲法修正第16条が個人所得税を認める前は、関税は連邦政府の主要な資金源の一つで、初代財務長官アレクサンダー・ハミルトンもまた、関税の最初の提唱者だった」と指摘。
米大統領選にて、ハリス陣営の他、ノーベル経済学賞を受賞者16名がトランプの経済政策はインフレ圧力を高めると警告したものの、「トランプ1期目で、関税は影響を受けた商品の価格を引き上げなかった」と説いた。
また「世界は第2次世界大戦後、自由貿易の御旗の下で関税引き下げに向かったが、米国の弱体化と中国のような共産主義国の台頭を招いた」と分析。
その上で、関税は①米国が貿易不均衡から立ち上がる手段、②大統領の外交政策目標を達成するための手段、③収入増の手段――として有用との見方を打ち出した。
なお、2023年会計年度の歳入の内訳をみると、関税は803億ドル、全体の1.8%程度だ。
チャート:米国の歳入内訳、関税は2023年度に1.8%程度
寄稿文にて、ベッセント氏は2023年に米国の輸入額は約3.1兆ドルに及んだとしながら、「他国が我々を必要としている以上に、我々は彼らを必要としておらず、我々はその力を使うだけだ」と強気な姿勢を覗かせる。
以上を踏まえ、初代ハミルトン財務長官のように「米国の家族や企業の生活を改善するために関税の力を使うことを恐れてはならない」と締め括った。
その他、ベッセント氏は、黒田前日銀総裁の「2-2-2(トリプル2)」をオマージュし、「3-3-3政策」を打ち出す。
一部では、「米国版3本の矢」と表現されるこの政策は、2028年までに財政赤字を国内総生産の3%まで削減し、規制緩和によってGDPを3%成長させ、さらに1日300万バレルの原油またはそれに相当するエネルギー生産を目指す――というもの。
米財政赤字は2024年度末(9月終了)に1兆8,330億ドル、GDP比6.4%だった。
財政赤字のGDP比3%への削減は決して容易ではないだろうが、米債市場は、特にここを意識し利回り低下で反応し、ドル円の下落につながったとみられる。
チャート:米財政赤字、2024年度(9月末終了)はGDP比6.4%
ベッセント氏、アベノミクス下の円売りで成功した陰に「深い日本とのパイプ」あり
ベッセント氏と言えば、アベノミクス下での円売りで成功しただけに、ドル高・円安論者か見極めたいところだろう。
そのベッセント氏は、2022年秋発行のインターナショナル・エコノミー誌に寄稿し、裏話を明かしており、必読だ。
日本とベッセント氏が、いかに深い関係で結ばれているか浮き彫りとなっている。
同誌によれば、円売りの投資の機会が訪れたのは、2012年夏。
ジョージ・ソロス氏の紹介で、船橋洋一氏からアベノミクスの大筋についての話を聞いたという。
その後まもなく、ソロス氏と部下と、ニューヨーク市マンハッタンから車でベッセント氏の母校でもあるイエール大学があるコネチカット州を訪れ、安倍氏の経済政策指南役である浜田宏一イエール大学教授と会食。
アベノミクスについての詳細について、説明を受けた。
マンハッタンへの帰途で、ソロス氏はベッセント氏にアベノミクスが成功するかを尋ねられ、政策としてどうかは分からないが、千載一遇の投資の機会を与えると回答したという。
第2次安倍政権が発足すると、日銀の黒田総裁(当時)の下で異次元緩和が実現していくなか、1カ月に一度のハイペースで日本と米国を行ったり来たりを繰り返す日々を過ごした。
日米を往復する間に、ベッセント氏は日本で数々の友人に恵まれたと明かす。
浜田氏の他に、コロンビア大の伊藤隆俊教授や、安倍元首相と懇意だった三井住友銀行元副頭取の高橋精一郎氏、元金融庁長官の森信親氏の名前を挙げた。
円売りで大成功した裏に、官邸を含め政財界のネットワークあり。
日本と関係が深いベッセント氏の財務長官就任は、石破政権で不安視された日米関係にとって、一筋の光明となるだろうか。
ベッセント氏、財務長官としてトランプ氏の選挙公約「ビットコイン超大国」に関与も
トランプ氏が目指す米連邦政府債務の削減と、米株高の実現に加えて、「ビットコイン超大国」を掲げるだけに、米財務長官に指名には、ビットコイン相場も加えた「三方よし」に配慮しなければならなかった。
ベッセント氏が指名される直前、ビットコインは対ドルで一時9万9,860ドルまで最高値を更新、史上初の10万ドルに迫った。
指名後は、むしろ利益確定の売りに押されたのか一時9万7,000ドルを割り込む場面がみられた。
画像:ビットコイン(ローソク足)の日足チャート、11月22日に10万ドルに接近してから伸び悩み。緑線はドル・インデックス(左軸)
ただし、ビットコイン相場がベッセント氏に失望したと判断するのは早計だ。
ベッセント氏はこれまで、ビットコインに対し懐疑的だったようだが、トランプ陣営に入り180度方向転換し、7月にFOXニュースとのインタビューで、「暗号資産は自由を意味し、暗号資産経済はここにとどまる」と明言。
さらに、若い投資家や2008年の金融危機後に伝統的な市場に幻滅した人々を引き付けるビットコインの能力を強調し、「人々が自らの利益になると信じる市場を米国内に持つことは、資本主義の中心的な要素だ」と擁護した。
ブルームバーグは11月21日、トランプ次期大統領の政権移行チームは、ホワイトハウス内に暗号資産関連の政策に特化した役職を新設する方向で、暗号資産業界の専門家などと協議していると報じた。
トランプ2.0では、ビットコインを戦略的準備資産と位置付ける可能性があり、ベッセント氏も指名が承認されれば、財務長官として関与すること必至。
ビットコインの戦略的準備資産としての可能性については、また別の機会にお伝えする。
余談だが、ベッセント氏が指名承認されれば、同性愛者として公表する初の財務長官となる。
トランプ2.0では、スージー・ワイルズ氏が女性初の米大統領首席補佐官に指名され、マルコ・ルビオ上院議員も承認されればヒスパニック系として国務長官に就任する見通しだ。
あまり報じられないものの、トランプ2.0の閣僚メンバーも多様性に富んでいると言えそうだ。

Provided by
株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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