トランプ2.0で難航する財務長官指名、白羽の矢が立つのは?

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「トランプ・トレード」一服の兆し、一因は不透明な財務長官指名?

「米国は前例のない、そして力強い『委任』を与えた」――米大統領選で勝利したトランプ氏は、11月6日に行った勝利演説で高らかに宣言した。
共和党が米上下院で多数派を制し、「レッドウェーブ」も形成。
トランプ氏の選挙公約、①2017年成立の税制改正法など減税策、②不法移民の強制退去、③米連邦政府債務の削減――などが早々に実現する機運が高まり、米金利上昇・ドル高・米株高の「トランプ・トレード」で反応した。

米大統領の3期目の就任は、フランクリン・ルーズベルト氏が第2次世界大戦中に3期務めた後、1951年に批准された米国憲法修正第22条で禁じられたため、トランプ政権は第2次限りとなる。
1期目の経験も重なり、当時果たせなかった政策実現に向け突進することは間違いない。
閣僚指名の面々やそのスピード感も、その意欲を反映しているかのようだ。
11月7日に米大統領首席補佐官としてスーザン・ワイルズ氏の起用を決定した後、矢継ぎ早に閣僚級の人事を指名してきた。
2020年の米大統領選後の敗北を喫した後、誰が忠実か見定める時間があったのだろう。

ただし、為替相場に大きな影響を及ぼし得る米財務長官指名は難航している。
当初の有力な財務長官候補は、トランプ陣営の政権移行チーム共同委員長を務めるカンター・フィッツジェラルド会長兼CEO、ハワード・ラトニック氏だったが、同ポストを狙い大々的キャンペーンを張ったことが仇となり、商務長官に指名される見通しだ。
一方で、同氏は米大統領選でCNBCなどメディアのインタビューに応じ「トランプ陣営は米国で生産されている製品に関税は課さない」、「関税案は交渉のツール」と明言してきた。
その言葉を額面通り受け止めるなら、米通商代表部(USTR)に「直接責任を負う」とされるため、日本を始め貿易相手国を安堵させる人事と言えよう。
また、今回の指名を受け、1期目で関税強化を率いたライトハイザー氏のUSTR就任が遠のいたと解釈できる。

ラトニック氏と激しい指名争いを演じたキー・スクエア・グループ創業者兼CEOで、トランプ氏の経済アドバイザーのスコット・ベセント氏は、国家経済会議(NEC)委員長に就任するとの説が流れている。
トランプ氏の経済アドバイザーでもある同氏は、過去にソロス氏の下で英ポンド危機の立役者の一人として活躍、2013年にはアベノミクス下、円売りで成功した人物。
そのベッセント氏が提唱する「3-3-3政策」は、2028年までに財政赤字を国内総生産の3%まで削減し、規制緩和によってGDPを3%成長させ、さらに1日300万バレルの原油またはそれに相当する原油を生産するものだ。
この政策は、黒田前日銀総裁の「2-2-2(トリプル2)政策」、すなわち物価目標2%の達成に向け、達成期間2年を念頭におき、マネタリーベースを2倍とする案を彷彿とさせるが、アベノミクス下で円売りを仕掛けたベッセント氏なだけに、オマージュなのかもしれない。
ベッセント氏は、英フィナンシャル・タイムズ紙のインタビューで、トランプ氏を「自由貿易主義者」と位置付け、経済発展なら「ドル高」、トランプ氏もそれを容認する見通しと発言したことも思い出される。
トランプ氏が4月と7月にドル高・円安是正を主張したが、それを暗に否定した。
4月と7月にドル高・円安是正を強調していたトランプ氏と180度異なる見方が、トランプ氏の「変心」を示すのか否か、ベッセント氏の閣僚入りで試されよう。

英FT紙、ローワン氏が最有力と報道

足元での有力候補は3人で、そのうちの1人はケビン・ウォーシュ元米連邦準備制度理事会(FRB)理事。
同氏はモルガン・スタンレー出身で、ブッシュ政権(子)でNECの経済顧問として活躍後、2006年に最年少の理事としてFRB入りし、2011年まで務めた。
タカ派の理事との評価だが、金融危機時の対応では当時のバーナンキFRB議長の副官として手腕を発揮。
米大手9行への約1,250億ドルの政府資金注入の条件を策定した人物とされる。

その他の財務長官候補は、アポロ・グローバル・マネジメント共同創業者兼CEOのマーク・ローワン氏が挙げられる。
同氏は、コロナ禍で経済活動が停止した折、緊急措置を提案しトランプ氏の信用を勝ち取ったとされる。
それ以前の2020年の米大統領選では、夫婦でトランプ氏に100万ドルの寄付を行った。
11月19日付け英フィナンシャル・タイムズ(FT)紙によれば、ローワン氏が最有力候補に浮上しているという。

ブッシュ政権(父)やロムニー陣営の選対本部で尽力し、2016年の米大統領選からトランプ陣営入りしたビル・ハガティ上院議員も、取り沙汰されている。
同氏は日本との関係が深く、ボストン・コンサルティング・グループ在籍時には3年間東京に滞在し、2017~19年には駐日大使として、日本企業などと友好関係を築いた。
財務長官でなくとも、同氏が重量級の閣僚に抜擢されれば、日本としては心強い。

米大統領選でトランプ氏勝利の予想を的中させた分散型予測市場プラットフォームによれば、足元ではウォーシュ氏とローワン氏が有力視され、直近ではローワン氏が就任する可能性が43%と首位に立つ。

画像:ポリマーケットでは僅差でローワン氏が43%とトップランナーに浮上
画像:ポリマーケットでは僅差でローワン氏が43%とトップランナーに浮上
(出所:Polymarket)

米財務長官、米国を「ビットコイン超大国」とする責務も?

トランプ2.0の財務長官は、「ビットコインを戦略的準備資産として採用する」と選挙公約の旗振り役となりうる点にも、留意すべきだろう。

この観点でいえば、ウォーシュ氏とハガティ氏はビットコインなど暗号資産支持派である一方、ローワン氏は懐疑的だ。
米連邦政府債務残高が35.8兆ドルと過去最大を更新するなか、債務削減が急務とされ、ビットコインが準備資産となった暁にはビットコインで債務を返済するシナリオが飛び出してもおかしくない。

既にこうした案は一部で取り沙汰され、シンシア・ルミス上院議員(ワイオミング)は、Fedに戦略的準備金としてビットコインの保有を義務づける「2024年ビットコイン法案」を上院に提出した。
これは、米国が5年間にビットコイン全供給量の5%にあたる100万枚のビットコインを取得し、原則として20年間保有するというもの。
現在の市場価値でビットコインを購入する場合は、約900億ドル必要になるが、ルミス上院議員は、物価高や米連邦政府債務の拡大に対応可能と説明する。

トランプ自身、ビットコイン・カンファレンスに登壇し、米国を「ビットコインの超大国にする」と明言しただけでなく、「35兆ドルもの米連邦政府債務を帳消しにできる」と豪語していた。
11月5日の米大統領選の投票日以降、ビットコインが対ドルで11月20日までに一時40%急伸したのも、戦略的準備資産となる期待を反映したものだ。
年末までに、10万ドルを突破するとの予想もある。
仮に米財務長官候補がビットコインに慎重姿勢であれば、一時的にラリーが中断する場合もあり得よう。

チャート:対ドルのビットコイン相場とNY金先物(緑線、左軸)、トランプ勝利後に明暗分かれる
チャート:対ドルのビットコイン相場とNY金先物(緑線、左軸)、トランプ勝利後に明暗分かれる
(出所:TradingView)

確かに、ビットコインは過去5年間の平均リターンは、11月20日まで対ドルにて114%高と、同期間の消費者物価指数(CPI)上昇率平均の3.8%を上回るだけでなく、2021年6月につけた同9.1%も遠く及ばない。
米連邦政府債務残高の拡大ペースも、過去5年間に平均9.2%とビットコインのリターンを下回る。
従って、理論上は、取得したビットコインを米連邦政府債務の返済に回すことが可能なように見える。

ルミス上院議員は直近で、米財務省に金の保有を一部ビットコインに転換すべきと提案、トランプ第2次政権発足前に、ビットコインの戦略的準備資産の採用に向け畳みかける。
一連の案は、中国がビットコイン禁止の立場から撤回が噂され、ポーランドの大統領候補がビットコインを戦略的準備資産とする公約を掲げる状況下、米国が先んじてビットコインを始め暗号資産での支配的地位も確立する上で注目されよう。

トランプ氏が目指すエネルギー生産拡大の一因は、AI推進以外に、マイニングに必要な電力を確保するためとも捉えられよう。
トランプ氏は、米国を「ビットコイン超大国」とする野望を念頭に入れ、人選に当たっていてもおかしくない。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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