相互関税、半導体など対象除外は次の一手への狼煙
「多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」と言えば、カエサルの名言として知られる。
足元のトランプ関税をめぐる金融市場や人々の反応は、まさにその一言に尽きる。
米税関・国境警備局(CBP)が4月11日遅く、半導体やスマートフォンなど一部電子機器がトランプ政権の相互関税から除外されるとの通達が知れ渡ると、トランプ政権が中国との全面的な貿易戦争回避で譲歩したとの観測が高まった。
米国が中国から輸入する品目で最大は半導体やスマートフォン、タブレットを始め電気機器などで、27.5%を占めるためだ。
チャート:米国、中国からの品目別輸入の割合
チャート:米国、半導体やスマホなど国別の輸入割合
しかし、その楽観は、わずか1日で脆くも崩れ去ることになる。
ラトニック商務長官が4月13日、米大手放送局ABCの『ジス・ウィーク』に出演し、半導体など電子機器の関税免除について「一時的な猶予に過ぎない」と説明。
数カ月以内に、半導体の他、医薬品への個別の関税措置を講じると明言した。
この発言を受け、FOXビジネスの著名ジャーナリストであるチャールズ・ガスパリーノ氏は、トランプ政権に近いウォール街幹部からの「メッセージに反する」との批判を基に、ラトニック氏は支離滅裂で政権内の混乱を示すと糾弾。
しかし、ガスパリーノ氏が指摘するように、政権内が混乱していない様子は、すぐに明白となる。
ラトニック氏に加え、4月13日の米大手放送局の朝の看板番組にMAGA派のミラー大統領副首席補佐官、グリアUSTR代表、ハセットNEC委員長が次々に登場し、政権内が一枚岩である立場を強調したためだ。
半導体など対象除外は、次の一手への狼煙だったと言える。
ミラー氏は、FOXニュースに登場し国家安全保障のための措置を講じる方針で、「中国によるサプライチェーン支配の終わりの始まり」を意味すると言及、中国に対峙するトランプ政権の姿勢をあらためて明らかにした。
グリア氏はCBSの『フェイス・ザ・ネーション』にて「トランプ大統領は、米国の製造業を国内に回帰させ、貿易赤字に是正するためのグローバルな計画を推進している。これは国際的な課題であり、現在の状況に陥っている唯一の理由は、中国が報復を選択したためだ」と発言。
ハセットNEC委員長は、CNNで、「130カ国と通商協議を行っている」と述べ、中国以外の各国と通商協議に入ったと説明した。
トランプ関税、次は半導体や医薬品が対象に
そもそも、相互関税から半導体やスマートフォンなどが対象外になったとはいえ、世界がトランプ政権の関税措置に対し楽観視すべきでなかった理由は明白である。
トランプ氏は4月12日、米大統領専用機エアフォースワンにて、記者団に対し、半導体関税に対するアプローチについて14日の月曜に「答えを出す」とコメントしていた。
その半導体と医薬品などの関税については1月27日の演説で言及し、銅については国家安全保障の観点から1962年通商拡大法232条に基づき、銅の輸入増加を調査するよう大統領令で指示していたことが思い出される(調査報告の期限は11月20日)。
有言実行のトランプ政権が、中国にとって最大の対米輸出品目を含め、見逃すはずはなかった。
相互関税の根拠となった国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠とした関税発動は異例なだけに、半導体など電子機器については、通商拡大法232条に基づく調査を開始した上で、関税を発動する算段だろう。
法的措置が講じられるリスクをはらむためだ。
加えて、相互関税から対象外となったものの、中国は145%から大幅な引き下げとなったとはいえ、フェンタニル関連の追加関税で唯一、20%が課されたままで、楽観視する根拠は薄弱だったと言える。
米中関係でいえば、トランプ氏と習近平主席との間はおろか、事務レベルの協議の目途も立っていない。
ベトナムには迂回輸出の封じ込め、日本には中国向け投資の監視体制で連携を要請か
今後、注目すべきは米国と中国以外の二国間協議の進展だ。
トランプ政権のグリアUSTR代表は4月9日、ワシントンでベトナムのホー・ドゥック・フォック副首相と会談、USTRはXにて「相互貿易と二国間関係における数多くの経済的機会について協議した」と投稿。
続いて、「貿易障壁に対処するために貿易相手国との関与を継続し、更なる関係を構築し、米国第一の通商政策を推進していく」との決意を明らかにした。
ベトナムと言えば、中国の迂回輸出の漁夫の利を得ていた国の一つで、中国が過剰生産する鉄鋼をめぐり、ベトナムにおける中国からの輸入急増と、米国の鉄鋼輸入においてベトナムが2021年の10位から2024年に5位へ上昇したことで明白だ。
トランプ政権がベトナムと真っ先に通商交渉を開始したのは、1期目の反省から迂回輸出を許さないメッセージと捉えられよう。
相互関税を90日間にわたり一時停止したのは、トランプ氏の大統領就任100日やトランプ氏の誕生日6月14日を意識しただけでなく、二国間協議を迅速にまとめ上げる必要性を認識したものではないか。
チャート:米国、2024年の国別の鉄鋼輸入量
チャート:ベトナムなど、鉄鋼製品の輸入に占める中国の割合
もうひとつ、グリアUSTR代表が米議員に説明した日本との交渉ポイントで、トランプ関税が中国包囲網を狙った「交渉カード」であることが読み取れる。
ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙によれば、日本との交渉は3つで、①日本での米製品アクセス拡大、②LNGなどコモディティの購入増、③中国など敵対国で行う民間企業の投資審査を巡る連携――だという。
このうち、③は迂回輸出だけでなく、民間企業の中国関与を監視する道が開かれた格好だ。
もっとも、習近平主席は4月14日からベトナムを起点にマレーシア、カンボジアの3カ国への外遊に赴き、対米共闘戦線を張る努力を惜しまない。
ベトナムとは4月14日、供給網や鉄道、テクノロジーなど幅広い分野にて45件の協定を締結。
欧州委員会通商担当であるセフコビッチ委員は17日、米国を訪れ通商交渉を行ったものの、医薬品の供給網の統合や欧州の医薬品の値下げ、AI規制の緩和などを主張する米国とは、平行線で終わったという。
中国は米欧関係に楔を打つべく、4月9日にフォンデアライエン欧州委員長と李強首相が電話会談し、4月11日には習近平主席がスペイン首相を迎え、自由貿易とグローバル化を守るべく共闘を訴えるなど秋波を送る状況だ。
いずれにしても、トランプ政権が全世界に関税という大きな網を掛けた狙いが、①迂回輸出の封じ込め、②中国投資の監視体制構築――を含めた多国間での中国の包囲網ならば、金融資本市場の混乱は短期間に収束しそうもない。
ドル円は、トランプ政権の新自由主義からの「体制転換」のベールがはがされるにつれ、ドル高・円安是正の動きが強まりうる。

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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