1980年代から、関税の有効性をアピールしたトランプ氏
「多くの人々は、他国が米国から金をむしり取るのを見てうんざりしている。ここは偉大な国なんだ!」――この発言を見て、トランプ大統領から飛び出した言葉と想像するのは難しくないだろう。
しかし、これは現代ではなく、さかのぼること1980年代に、トークショーで若きトランプ氏が放った見解で、自由貿易を否定するとともに、関税の有効性を訴えていた。
トランプ氏は1期目に鉄鋼・アルミ関税や対中追加関税を課したが、当時は広範にわたる関税措置を見送った。
しかし、志半ばで政権交代となったせいか、2期目に入り世界を揺るがす関税措置を世に送り出すことになる。
それが、4月2日に発表された「相互関税」だ。
今回発表された相互関税の措置については、2つに分けられる。
1つは、①米貿易赤字の規模、②貿易相手国の関税率、③為替を含めた非関税障壁――などを根拠とした、各国・地域毎の個別の関税率だ。
日本や中国、欧州連合(EU)、台湾など、約60カ国が対象で、4月9日から発動となる。
もう一つは、これらの特定の国・地域以外に課す一律10%関税である。
主に米国が貿易黒字を抱える国、貿易規模の小さな国・地域が対象となり、4月5日の現地時間午前12時に発動した。
チャート:相互関税の一覧表の一部、日本は24%に
相互関税の税率は、為替を含む非関税障壁も併せて米国がはじき出した。
日本に対して関税率は46%と推計し、トランプ氏がいうところの「完全な相互主義ではなく、親切な相互主義」に基づき、この半分の24%が割り当てられた。
米通商代表は、算出方法をwebサイトで公表しているが、日経新聞は「米貿易赤字÷米輸入額×100」で計算したのではと分析する。
確かに、日本の場合は2024年の貿易赤字が658億ドル、輸入額が1,482億ドルだったため、当てはめれば46%となった。
トランプ政権、「新自由主義体制」からの転換を狙う
トランプ氏は、演説で「何十年もの間、我が国は敵味方を問わず、略奪されてきた。貿易の面では、多くの面で敵より味方の方がひどい」と恨み節を並べつつ、「貿易赤字は、もはや単なる経済問題ではない。国家の非常事態」と強調した。
日本人からしてみれば、トランプ発言は完全に被害妄想のようにみえる。
しかし、保守派の米国人にしてみれば、これはあながち的外れではない。
過去を振り返ると、米国は1940年以降、2回のレジーム・チェンジを主導した。
1940年以降、世界はレジーム・チェンジを2回経験した。
1回目は、1944年のブレトン・ウッズ体制で、2回目は米国のレーガン政権と英国のサッチャー政権が主導した「新自由主義(neo-liberalism)である。
ブレトン・ウッズ体制は、簡単に言えば、①固定為替相場制の導入、②米軍配備(軍備で米国の保護に依存、米軍駐留含む)、③同盟国への米国市場へのアクセス許可(米国が各国の産業化と競争力強化を支援、米国は市場開放によって各国の成長回復を促進し、各国の市場を米国からある程度保護することを認めた)――の3つで成り立っていた。
その結果、米国は①共産主義に対する共闘体制、②貿易相手国の経済回復に伴い、米国も成長加速、③基軸通貨たるドルの盤石化――などの利点を得た。
しかし、ドルの通貨供給量が金の保有量に依存するなか、ベトナム戦争で経済の大打撃を受けた米国は金本位制度を維持できなくなり、これが1971年8月のニクソン・ショックによる金本位制度の終焉につながる。
2回目は、レーガン米政権とサッチャー英政権が確立した「新自由主義体制」である。
新自由主義体制の下、自由貿易が推奨され、非同盟国の中国に代表されるエマージング国などの米国輸出が容易になった一方で、中国を始めとした各国は関税を導入し米国からの輸入品流入を抑制した。
世界貿易機関(WTO)に加え米国自身も、非同盟国の高関税を容認したが、これは中国など非同盟国のエマージング国が豊かになれば、同盟国のように友好的になると信じたためだ。
しかし、結果的に新自由主義体制は①準備通貨としてのドル需要拡大に伴うドル高、②米国の製造業工場が海外に移転し、製造業の衰退――につながった。
実際、米経済に占める製造業の割合は、2つの体制を経て右肩下がりで、2024年には10.0%へ低下した。
製造業と言えば、半導体を始め造船、機械、自動車など、米国の覇権と防衛力に直結する。
なお、バイデン前政権ではCHIPSプラス法やインフレ抑制法などを成立させ、製造業支援を行ったものの、GDPでみれば奏功していなかったことが分かる。
ベッセント財務長官は、補助金について「持続可能ではない」と批判していた。
チャート:米GDPに占める製造業の割合
巨額の貿易赤字に加え、国家財政の健全化も防衛力を高める上で必要だ。
財政赤字を抱えていては、軍備拡張などもっての外。
ベッセント財務長官は3月6日の講演で「国際貿易システムは、軍事、経済、政治という複雑な関係の網で構成されている」と発言した理由は、ここにある。
なお、米国の財政赤字は2024年度にGDP比で99%と予測され、第2次大戦後まもない1946年の106%に迫った。
ベッセント氏が「持続可能でない」と述べ、金利低下に向け政府効率化省による歳出削減を称賛するのも頷ける。
チャート:民間保有分の米連邦政府債務、GDP比は第2次世界大戦水準に迫る
トランプ政権は、こうした思想、認識、価値観に立脚し、新自由主義からの転換、すなわち米国主導による3回目のレジーム・チェンジを目指す。
相互関税の発表に合わせ、トランプ氏が「経済革命」を宣言したのは、思い付きでもブラフでもない。
ベッセント氏が3月6日に説明した通り、関税により「国際経済関係の再構築プロセス」がスタートすると共に、体制転換に念頭に入れた各国・地域との交渉が幕開けしたと言えよう。
体制転換を迎えるならば、金融市場のボラティリティが激しくなること必至で、ドル円も乱高下が予想される。
ナスダックが弱気相場入りでも、懸念しない理由
もっとも、体制転換は劇薬であり、大きな副作用をもたらす。
4月4日にナスダックは弱気相場を迎え、ダウも調整局面に入り、ドル円も一時144.55円と2024年10月以来の安値を付けた。
WTI原油先物も2日間で15%も急落、恐怖指数のVIXも4月7日に一時60.13と、2024年8月以来の水準へ急伸するなど、市場に激震が走る。
それでもトランプ氏は、4月5日にトゥルース・ソーシャルにて関税措置につき「これは経済革命であり、我々は勝利する」と鼓舞しつつ、「耐え抜こう、決して容易な道ではない」と訴えた通り、「痛みなくして改革なし」の立場を貫く。
もう一人、市場動向の急変を受けてもどこ吹く風なのがベッセント氏で、4月6日のMSNBCとのインタビューで「株安ばかり注目されるが、米国市民により影響を及ぼす原油は2日で15%下落、金利も大幅低下した」と発言。
これは、米国では間接保有を含め、米国人の株式保有率は2022年に58%と過去最高だったが、残りは保有していないことになる。
そして、トランプ政権の支持者は製造業労働者など、グローバリズムに出遅れた人々が多いとされるだけに、株高の恩恵を受けているとは言い難い。
トランプ政権が支持基盤に配慮するなら、現時点では米株相場ではなく、生活に直結するガソリン価格と金利の引き下げこそ重要というわけだ。
トランプ政権の関税措置は世界を混乱に陥れる反面、少なくとも原油安と金利低下で米国民のコストを下げていることは間違いない。

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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