「マールアラーゴ合意」に、実現可能性はあるのか

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トランプ1期目から燻る、ドル安を狙った「マールアラーゴ合意」

2月7日に行われた日米首脳会談後の記者会見で、トランプ大統領はドル高是正について発言を避けた。
それでも、足元で「マールアラーゴ合意」への観測が高まりつつある。
トランプ1期目から、米大統領就任前の2017年1月17日付けのウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙のインタビューで「ドルは高過ぎる」と発言、トランプ氏は米大統領選の最中に対円や対人民元でのドル高を批判し、2025年の第2次政権発足後も利下げを要請するなど、低金利を通じたドル安を推進。
こうした流れから、「マールアラーゴ合意」をめぐる思惑は錯綜し続けてきた。

直近では、ブルームバーグが2月20日、「ウォール街が警戒する『マールアラーゴ合意』-国際金融秩序の再編も」との記事で、ビアンコ・リサーチの創業者、ジム・ビアンコ氏が国際金融秩序と国際貿易の改革を行うべく、「マールアラーゴ合意」に備えるべきとの見解を紹介した。
ビアンコ氏は、今すぐ起こる可能性を見込まないものの、トランプ政権下、1985年9月にドル高是正で先進5カ国がまとめた「プラザ合意」に代わる、「マールアラーゴ合意」に備えるべきと主張する。
なお、プラザ合意とは米国主導でニューヨークのプラザ・ホテルで開かれたG5財務相・中央銀行総裁会議を指し、「マールアラーゴ合意」はトランプ氏のフロリダ州にある私邸の名前に因んだものだ。

ビアンコ氏を始め、ウォール街が「マールアラーゴ合意」に身構えるには、根拠がある。
トランプ政権は発足後まもなく足元で各国に関税発動をちらつかせ、2月3日には政府系ファンドの創設の米大統領令に署名し、安全保障では北大西洋条約機構(NATO)に防衛費の負担を要請してきた。

チャート:トランプ第2次政権での関税
チャート:トランプ第2次政権での関税(作成:ホワイトハウス資料、各種報道よりストリート・インサイツ作成)

米、米国債を保有する各国に100年満期のゼロクーポン債へスワップを要請!?

これらの構想は、米大統領経済諮問委員会(CEA)委員長に指名された、ハドソン・ベイ・キャピタルのシニアストラテジストで、元財務省上級顧問のスティーブン・ミラン氏が2024年11月にリリースしたレポートに明記されていた。
レポートによれば「トランプ氏は全面的な関税策と強いドルからの転換により、世界の貿易並びに国際金融のシステムを根本的に再構築する方針」で、「通商政策と安全保障を一段と密接に絡め、準備資産の供給と安全保障の傘を連動させ、両者の負担を近づける」という。

具体的には、クレディ・スイスの元ストラテジスト、ゾルタン・ポズサー氏提唱の「ブレトン・ウッズIII」に基づき、各国が米国提供の安全保障と引き換えに、それぞれが保有する米国債を100年満期の譲渡不可能、つまり市場での売買を不可とするゼロクーポン債にスワップさせる案を提示している。
これにより、米国債は売却リスクが低減し、ドル高是正につながるというわけだ。

なお、ゼロクーポン債とは、その名の通り「クーポン=利息」の支払いがない一方で、割引され額面より低い価格で発行される債券を指し、額面金額の100%で償還される。
利息が元本に加算され、買い付け時と同じ利回りで運用されるため、理論上は複利での運用が可能となる利点をもつ。

1985年の「プラザ合意」、ドル安加速の弊害も

とはいえ、100年もの超長期で売買不可となれば、米国債を保有する各国にとっては①米国債を売却して自国通貨の価値を高める、②米国債を売却し外貨準備の多様性を広げる、③米国と交渉する上での外交手段を失う――などのデメリットが生じるだけに、容易に応じるとは想定しづらい。
また、米国債を保有する各国をどこまで守るのか、その定義が必要になるだろう。
流動性の観点から、米国債の格下げにつながる恐れも否定できない。

チャート:海外の米国債保有率とドル・インデックス(DXY)の推移
チャート:海外の米国債保有率とドル・インデックス(DXY)の推移

ドル高政策の転換という面では、ベッセント財務長官の発言と矛盾する。
ベッセント氏は2月6日、「強いドル政策はトランプ大統領によって完全に維持されている」と発言した。
他の国が「自国の通貨を弱くすることや、貿易を操作することを望まない」と釘を刺しつつ、ドル安で生じる輸入物価高を経路としたインフレを警戒しているためだろう。

トランプ政権が国際金融秩序を一変させるリスクは、ゼロではない。
しかし、バイデン前政権がインフレ抑制で失敗しただけに、ドル独歩安につながる政策を突き進むとは考えづらい。
何より、1985年9月の「プラザ合意」によりドル高は是正されたが、その代償は大きかった。
当時、ドル・インデックスは「プラザ合意」を経て、1986年末までに25%超も急落。
ドル独歩安を食い止めるべく、G5は1987年2月の「ルーブル合意」と、同年12月の「クリスマス合意」と、2回に及ぶドル買いの協調介入を余儀なくされた。
トランプ政権が、その事実を忘れていなければ、「マールアラーゴ合意」が危険な賭けだと理解しているはずだ。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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