世界を震撼させたDeepSeekショック、トランプ氏は冷静に受け止め

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米国がAIベンチャー「スターゲート」を発表する裏で、DeepSeekは「R1」をリリース

DeepSeekの登場で突如AI業界にブラックスワンが降り立ち、株式を始め金融資本市場に激震が走った。
開発費からオペレーションで低コストにもかかわらず、精度はオープンAIなどの最新版「o1」を凌ぐ勢いで、マーク・アンドリーセン氏は「AIのスプートニク・モーメントだ」とコメント。
確かに、米ソ時代の核競争のような熾烈AIレースの火蓋が切って落とされた瞬間と位置付けられるだろう。

そのタイミングが1月20日、トランプ大統領就任式というのが、果たし状の印象すら与える。
1月21日には、ソフトバンクの最高経営責任者(CEO)の孫正義氏、オラクルのラリー・エリソン会長、そしてオープンAIのサム・アルトマンCEOを引き連れ、AI向けインフラ投資ベンチャー「スターゲート」を旗揚げ。
3社を始め、今後4年間で最大5,000億ドルのAI投資を行う方針を表明したが、DeepSeekの登場で、色褪せた感は否めない。

画像:DeepSeekとオープンAIの比較
画像:DeepSeekとオープンAIの比較

ここで、DeepSeekについて紹介しておこう。
中国のAIベンチャー企業で研究所とも言われ、2023年にヘッジファンドのHigh-Flyer出身の梁文峰氏が設立した。
バイトダンスのAI研究者だった趙永剛氏が参加しており、職務経験より、能力を重視し北京大学など極めて優秀な学生を集めて急成長してきたという。
2024年のクリスマス頃にAIモデル「V3」を発表し、ChatGPTの最新モデル「o1」に匹敵すると、既にAI業界で話題になっていた。

エヌビディアは17%も急落、時価総額6,000億ドル吹き飛ばす

DeepSeekが1月20日に満を持して発表した「R1」モデルは、AI業界の「ディスラプター=破壊者」として、米国を始め世界に衝撃を与えることとなる。
先端半導体を搭載せずとも作動し、かつ低コストで高機能でオープンソースとあって、米国のテクノロジー企業の優位性の脅威となる懸念が台頭。
AIに巨額投資した企業の見直しも重なり、米株は大幅安を迎えた。
エヌビディアは一時17%超もの大幅安を迎え、時価総額の6,000億ドルを吹き飛ばし米国史上で最大の落ち込みを記録。
ドル円も、リスクオフに押され、一時153.74円と50日移動平均線を割り込んだ。

チャート:DeepSeekのR1とオープンAIのo1との比較
チャート:DeepSeekのR1とオープンAIのo1との比較

チャート:1月27日半導体、AI関連銘柄などの前日比リターン
チャート:1月27日半導体、AI関連銘柄などの前日比リターン

チャート:S&P500、セクター別の前日比リターン
チャート:S&P500、セクター別の前日比リターン

もちろんDeepSeek「R1」は万能ではなく、プライバシーポリシーに基づけば、中国が利用者の個人情報や入力データは中国国内のサーバーに保管され、特定の条件下で政府や法執行機関に共有される可能性が明記されている。
また、「天安門」など中国にとって都合の悪い質問には答えないなど、バイアスが掛かっているのも事実だ。

とはいえ、DeepSeekの存在は短期的ながら、半導体やAI関連銘柄を中心にネガティブとなりそうだ。
また、今週は1月29日にマイクロソフト、メタ、テスラ、30日にアップルの決算を予定し、テクノロジー株は神経質な展開が続きうる。
米株相場のAIブームも、一時期より下火となる余地を残す。

トランプ氏、DeepSeekは「米国のAI業界への警鐘」、脅威と位置付けず

もっとも、トランプ大統領は1月23日、世界経済フォーラム(WEF、通称ダボス会議)にて「米国をAIと仮想通貨の首都にする」と宣言している。
「スターゲート」構想も見直しが入る可能性はあるとはいえ、低価格帯で高性能なら、5,000億ドルを注ぎ込まなくとも、AI開発と普及で大幅なリードを勝ち取る期待はある。
逆に、巨額の投資を行えば、それだけ他を圧倒する成果が期待できると言えよう。

これまで一強だったエヌビディアのリードの後退が想定されるものの、DeepSeekはエヌビディア製H100やH800の半導体を使用していると囁かれている。
従って、今後エヌビディアが負け組になるとは限らない。
米国内の競合他社も同様だろう。
DeepSeekの性能や効率性、精度に関する数字が正しいとも限らず、結局は高性能半導体に依存しなければならない可能性もある。

DeepSeekが米国AI優位の風穴を開けたことは確かだが、窮地に追い込まれたかというと話は別だ。
新しいテクノロジーは効率の向上に伴いコストを低下させ、需要を増加させる「ジェボンズ・パラドックス」の通り、結果として全体的な資源消費量の拡大が見込まれよう。
従って、長期的にみれば、先進国の専売特許だった高性能AIがエマージング国にも広がり、AI自体の開発も加速し、有益性が高まり、さらに米国の半導体業界やAI関連の収益が結果的に高まるシナリオもありうる。

同時に、インフレ抑制の一因となってもおかしくない。
高いサブスク費用に悩まされず、消費者の裁量的支出の余地が広がる場合もありそうだ。

画像:DeepSeek、長期的にはプラスの効果?
画像:DeepSeek、長期的にはプラスの効果?

DeepSeekが米国でChatGPTを超えてダウンロード首位に躍り出るなか、トランプ大統領の反応は意外に冷静だった。
南部フロリダ州での演説で「中国DeepSeekが発表したAIは、米国の業界にとって勝つための競争にレーザー光線のごとく全集中すべきとの警鐘となる」と発言。
一方で、高速で安価なAIの普及を否定せず、DeepSeekを脅威とも位置付けず、使用禁止などを示唆することもなかった。

もっとも今後、トランプ大統領が国家安全保障上の懸念から、「敵対的勢力に制御されたアプリから米国市民を保護する法」を駆使する場合を想定しておいたほうがよさそうだ。
あるいは、トランプ氏がTikTokに寛容な姿勢へシフトしたように、入力情報の管理を中国から米国へ移管要請する余地はある。

米中間のAI競争はAI戦争へ、勝つのはどちらか

DeepSeekの「R1」が世界中で話題になったきっかけの一つは、ダボス会議に出席したScale AIのCEOが米経済・金融TV局CNBCに語ったインタビューだろう。
オープンAI、グーグル、メタなど主要なIT企業にAIのトレーニングデータを提供する同社のアレクサンダー・ワンCEOは、米中のAI競争を 「AI戦争」と評し、「米国は膨大な計算能力、膨大なインフラを必要とし、このAIブームを可能にするために米国のエネルギーを解き放つ必要がある」と進言した。

中国について、ワン氏は中国の大手AI研究所であるDeepSeekがクリスマスに「地球を揺るがすようなモデル」を発表したと指摘。
輸出規制を課す一方、中国(DeepSeekを指す)はエヌビディアのH100 GPU(強力なAIモデルを構築するために広く使われているAIチップ)を大量に保有している可能性に言及した。

何より、汎用人工知能(AGI、人間のような知能を持つAIで、技術的特異点=シンギュラリティに関連)に到達するには2-4年と予想。
シンギュラリティは2045年などとの説もあったが、爆速で到来する可能性に言及している。

AIが急速に進化を遂げるなか、米中間で熾烈な覇権争いが繰り広げられることは間違いない。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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