氷見野副総裁、ハト派的な植田路線から決別の意図は?

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氷見野氏、副総裁として「国際交渉の十戒」を活用か

氷見野副総裁といえば、人を和ませる富山弁が特徴だ。
富山弁訛りの英語は、「ヒミノ・イングリッシュ」と呼ばれ、親しまれている。
しかし、財務省きっての「異能」と呼ばれる氷見野氏とあって、決して要所は外さないとの確固たる評価がある。
氷見野副総裁の功績の1つは、国際決済銀行のバーゼル銀行監督委員会が2004年に改定した銀行規制「バーゼルII」につき、銀行破綻に見舞われていた邦銀の体力でも受け入れ可能な条件に持ち込んだことだ。

その氷見野氏が自らの経験を基に練り上げた「国際交渉の十戒」は、以下の通り。
これらは、日銀副総裁としての立場としても、通用するものだろう。

①情報を取れ
②先を読め
③検討開始前が勝負
④批判より代案・提案
⑤味方をつくれ
⑥敵から手を離すな
⑦影響の数字を懐に
⑧核心をワンフレーズ・ワンワードで
⑨権威と科学は学び疑え
⑩修羅場は一瞬、準備は365日

以上の十戒を踏まえれば、1月14日という、1月としては異例の金融経済懇談会に出席した氷見野氏の意図が垣間見れる。
懇談会への出席は、まさに「敵から手を離すな」と「味方をつくれ」に該当するだろう。
メディアや世間は「敵」ではないとはいえ、日銀と対話する相手でもあり、特にメディアは日銀の意図を伝えるメッセンジャーでもあるだけに、「味方」となった方が好都合だ。

その氷見野氏といえば、過去のレポートで指摘したように、日銀が政策変更を行う前に地均しする役割を担ってきた。
これはまさに、「先を読め」を念頭に入れた、「検討開始前が勝負」を実行したものと言えよう。

氷見野氏、植田総裁の発言「輸入物価は落ち着いている」など踏襲せず

氷見野氏は1月14日、講演で「強い業況判断、高い水準が続いている企業収益、歴史的には低い水準にある労働分配率、人手不足、転職の活発化、最低賃金の引き上げなどからすれば、2024 年度に続いて強い結果を期待できるのでは」と発言した。
先週の日銀支店長会議でも、「全体的に強めの報告が多い」と明言。
「各種アンケート調査でも、賃上げ予定先比率や賃上げ率は、前年並みないし前年を上回る結果が多い」と説明した。

氷見野副総裁の講演内容に反し、日銀支店長会議の報告によれば、2025年度の賃金設定につき「現時点では競合他社の動向を見極めており、賃上げ率を固めていない」、「中小企業を中心に、収益面の厳しさから慎重な姿勢を示す声」も引き続き聞かれたという。
「継続的な賃上げが必要との認識が幅広い業種・規模の企業に浸透」との指摘があったとはいえ、1月追加利上げ期待をしぼませる内容だった。
氷見野氏の講演では、この印象を一気に覆した。

足元の賃金動向を振り返ると、11月の実質賃金は前年同月比0.3%減と4カ月連続でマイナスだった。
一方、所定内給与は同2.7%と1992年以来の強い伸びで、企業が賃上げを行っている証左が見て取れる。
逆に言えば、コメやエネルギーなどの物価高が実質賃金の伸びを抑制しており、「物価の番人」たる日銀の役割が問われるところだろう。

チャート:実質賃金は4カ月連続でマイナスも、所定内給与は1992年以来の高い伸び0115
チャート:実質賃金は4カ月連続でマイナスも、所定内給与は1992年以来の高い伸び

チャート:全国CPIは2%超えが続く0115
チャート:全国CPIは2%超えが続く

氷見野副総裁の講演を振り返ると、トランプ2.0について「米国の新政権の政策と、それが米国経済・世界経済・日本経済に与える影響…これは継続的に見続けるしかないが、来週の就任演説で政策の大きな方向は示されるのではないか」と説明。
1月23-24日の金融政策決定会合を控え、あえて「来週の就任演説」に言及した格好だ。
植田総裁の2024年12月日銀金融政策決定会合後の会見を始め、同年12月、25年1月の講演で3月以降の追加利上げ観測が台頭したが、こうした流れに歯止めを掛けたように見える。

何より、記者会見で植田発言を踏襲するのではなく、火消しに動いた点は特筆に値する。
米国の不確実性について、トランプ次期政権をめぐっては前述のように3月以降まで待たなくともよい、との考えを強調した。
植田氏と違い、「トランプ氏の就任演説」と明確化したのも、特徴的だ。

輸入物価について「円ベースでは10月、11月とかなり高い伸びになっている」と応じた。
これは、24年12月の日銀金融政策決定会合後の会見で植田氏が語った「輸入物価上昇率は落ち着いている」に反する。
また、前述した日銀支店長会議の報告を含め、「12月の時点で得られた情報に比べれば、新年の要人の発言であれ、12月にいろいろ出たアンケート調査の結果であれ、比較的、去年と比べて前向き度が同じか強いくらいのものが多かったということが言える」と述べた。
まるで、植田発言から決別したかのようだ。

チャート:輸入物価指数、前月比は2カ月連続でプラス0115
チャート:輸入物価指数、前月比は2カ月連続でプラス

また、会見では1月の金融政策決定会合で議論する焦点は、「1月に利上げをするかどうかというところだと思う」とはっきり口にした。
氷見野氏は、植田発言で3月以降に傾いた追加利上げ観測を「ニュートラル」にシフトさせたと言えよう。
足元で一時1.25%を超えて急伸する日本10年債利回りや、高止まりするドル円に配慮せざるを得なかったのではないだろうか。

展望レポートでコアコアCPIの見通し引き上げなら、3年連続で2%超えに

ブルームバーグは1月10日、「日銀が物価見通しを上方修正の公算大、コメ価格上昇と円安-関係者」とのヘッドラインを掲げ、1月23-24日開催の日銀金融政策決定会合で、変動が大きい生鮮食品とエネルギーを除いた消費者物価(コアコアCPI)について、2024年度と25年度の見通しを引き上げる方針と報じた。

利上げについては、直前まで見極める方針とも伝えたが、今回、展望レポートでコアコアCPIが上方修正されれば、2024年の予想中央値は前回2024年10月の2.0%→2.1%、2025年の予想は前回の1.9%→2.0%となる公算。
2026年度は前回2.1%だっただけに、コアコアCPIベースでは3年連続で2%を達成する見通しとなる。

チャート:日銀の24年10月時点の展望レポート0115
チャート:日銀の24年10月時点の展望レポート

仮に1月、据え置きを決定するならば、物価目標2%が2年連続で達成できる見通しのなかで、追加利上げを見送ることになる。
氷見野氏は1月14日の講演後の会見で「トランプ氏の就任演説がどのような話か、また金融政策決定会合の2日目の朝に出る消費者物価指数やそれまでに起こることを全部見た上でよく議論して判断したい」と言及した。
1月23-24日開催の日銀金融政策決定会合後の植田氏の会見で、どのような議論を経て決定を導き出したのか、その答えを待ちたい。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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