トランプ氏の投稿で右往左往する相場、甦るトランプ1期目の記憶
「興行主(impresario)」とは、英エコノミスト誌が2016年12月に米大統領選に勝利したドナルド・トランプ氏に贈った言葉だ。
100年以上前、テレビのない時代に全米を横断し派手でけばけばしいショーで観客を魅了した興行主のように、自身が指名した閣僚を駆使し「政策ショー」を統括するとの意味が込められていた。
そして、実際に2017年にトランプ氏が米大統領に就任してから、旧ツイッター(現在のX)の投稿、別名「トランプ砲」で相場が乱高下し、人々を魅了するどころか混乱に陥れた。
あれから約8年を経て、トランプ政権第2章が始まる。
既に為替市場はトランプ氏が自身のソーシャル・ネットワーク、トゥルース・ソーシャルに投稿する内容に強烈に反応し、波乱の幕開けを迎えた。
日本が正月明けを迎えた1月6日、ワシントン・ポスト紙がトランプ陣営は一律輸入関税を①防衛、②医療、③エネルギーなど重要分野のみに適用すると報道。
これを受け、選挙公約のような全面的な輸入関税導入からフェーズダウンしたと判断され、米金利先高観が後退しドル円は一時156.84円まで本日安値を更新した。
もっとも、まもなくトランプ氏が報道を否定したため157円半ばへ切り返し概ねいって来いの展開に。
なお、トランプ氏はワシントン・ポスト紙、ニューヨーク・タイムズ紙、CNNなど“メインストリーム・メディア(MSM)”に対し、過去の報道内容や2024年の米大統領選で一貫してハリス氏優勢と伝えた事情もあり、「フェイクニュース」とのレッテルを貼り、敵視してきた。
1月7日には、米11月雇用動態調査(JOLTS)のうち求人件数が市場予想を上回った結果、一時158.43円まで上昇。
しかし、トランプ次期大統領が行った会見で「金利は高過ぎる」との発言を引き金に、157円後半へ押し返される場面がみられた。
8日には、トランプ氏が新たな関税プログラム導入に向け国家経済緊急事態宣言を検討とCNNが報じた結果、一時158.55円まで上値を拡大するなど、為替市場はまるで乱気流に呑まれたかのようだ。
米10年債利回りは5%突破を試すか、米12月雇用統計が試金石
ドル円と同じく、ジリジリ上昇を続けているのは米10年債利回りだ。
1月8日には、一時4.733%と2023年10月以来の水準へ切り上げた。
今週は社債の発行額規模が1,190億ドルと大きいことも、米債利回りを押し上げ、1月22日と23日に予定する米20年債と米10年インフレ連動債の入札も、需給懸念を招く。
トランプ砲だけでなく、堅調な米経済指標も米債利回りを押し上げている。
米12月ISM製造業景気指数は49.3と9カ月ぶりの水準を回復し、新規受注や生産も拡大・縮小の分岐点50を上回り、製造業活動の改善を示唆した。
同ISM非製造業景気指数も市場予想と前月値を上回り、仕入れ価格は64.4と、2023年2月以来の水準へ急伸。
米11月雇用動態調査(JOLTS)のうち、求人件数は前月比3.3%増の809.8万件と、6カ月ぶり高水準だった。
結果、FF先物市場では、6月より前の利下げ予想が消え、足元では6月と7月が有力視されている。
チャート:ISM製造業景気指数、製造業の改善を示唆
チャート:ISM非製造業景気指数、仕入れ価格や新規受注などが押し上げ
ただ、雇用については米労働市場の減速を示唆していることに変わりはない。
ISMの製造業と非製造業のサブ項目である雇用はそれぞれ前月を下回った。
米雇用統計での製造業の雇用は11月に4カ月ぶりに増加したが、12月に再び弱含みしかねない。
チャート:製造業の雇用、11月に増加に転じるも足元は低調
米11月求人件数は前月比25.9万件の増加を遂げたが、専門サービスが同27.3万件増の188.5万件と2023年1月以来の水準へ急増し、求人件数の増加を一手に引き受けていた。
このような急増が、長続きする公算は小さいだろう。
実際、2020年以降、専門サービスは11月か12月に増加する傾向がある。
2020年は11月と12月にそれぞれ同8.1万件増と同12.4万件増、2021年は12月に8.6万件増、2022年は11月に38.1万件増、2023年は12月に同4.3万件と増加してきた。
逆に1-3月は減少するトレンドが確認でき、今回の増加は一時的にとどまりそうだ。
チャート:専門サービスの求人件数、11月に急増
全米リアルタイム求人広告指数は改善示すが、季節要因で押し上げも?
米12月雇用統計・非農業部門就労者数(NFP)は、足元で前月比15万人増と予想され、前月の22.7万人増から鈍化しつつも堅調な伸びが見込まれている。
オンライン求人広告大手インディードが発表する全米リアルタイム求人動向指数は、12月20日までの平均は110.3と11月末までの平均109.6を上回っていた。
米労働市場の回復すら予感させる。
ただし、足元の全米リアルタイム求人広告数の増加は、季節要因で押し上げられた可能性を残す。
足元、看護や介護、医療サービスが急伸しているが、寒気到来による気温低下でインフルエンザやコロナウイルスの感染が米国で拡大しつつあり、一時的に求人を押し上げたと考えられよう。
逆に、小売や娯楽・宿泊、食品サービスなど景気敏感関連やソフトウェアは低迷を続けており、明暗が分かれた。
チャート:全米リアルタイム求人広告指数、医療関連が押し上げ下げ止まり
チャート:全米リアルタイム求人広告指数、景気敏感やソフトウェアは低迷続く
その他、米12月ADP全国雇用者数は前月比12.2万人増と市場予想以下に終わった。
足元で米金利はトランプ砲を受け上昇しドルもつれ高を迎えるが、米労働市場がかく乱要因となる一幕があってもおかしくない。
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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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