政府効率化省、「省」ではないが「米国への完璧な贈り物」に?
DOGEと聞けば、仮想通貨界隈の人ならばDOGEコインを思い出すだろう。
電気自動車(EV)メーカー大手テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)が支援するコインで知られ、マスク氏は2021年に柴犬「Floki」を飼っていると表明するなど、柴犬への並々ならぬ愛情をアピールしてきた。
トランプ氏は、そのDOGEを頭文字とする政府効率化省(Department Of Government Efficiency)のトップに、マスク氏と実業家で2024年の米大統領選に出馬したインド系起業家のビベク・ラマスワミ氏を指名した。
「政府効率化」とは規制緩和や歳出削減を指し、トランプ氏とマスク氏のX(旧ツイッター)上でのインタビューで、マスク氏の提案にトランプ氏が乗ったかたちで設立案が浮上。
10月27日にニューヨーク市のマディソン・スクエア・ガーデンで開催したトランプ陣営の選挙集会で、マスク氏は「あなた方の税金は無駄遣いされている」と主張、質問に応じる格好で「少なくとも2兆ドルは削減できると思う」と明言した。
「省」の名を冠するが、トランプ氏の声明に基づけば、DOGEはホワイトハウスやその傘下にある米行政管理予算局(OMB)の助言機関に過ぎない。
従って、設立やトップの指名承認にあたって米議会の承認は不要だ。
また、助言機関とあって、マスク氏がテスラやスペースXのCEO職を辞する必要もない。
トランプ氏はDOGEの役割として、声明で「大規模な構造改革を推進する」と明確化した上で、年間6.5兆ドルの歳出において「無駄や不正と戦う」と位置付けた。
また、「より効率的で官僚主義の少ない小さな政府は、独立宣言250周年を迎える米国への完璧な贈り物になる」と喧伝しつつ、米国独立記念日にあたる2026年の7月4日にその役割を全うするとし、期限付き機関であると強調した。
画像:トランプ氏、DOGEのトップ指名に関する声明、詳細はこちら
(出所:Donald J. Trump/Truth Social)
マスク氏は大規模リストラを断行済み、ラマスワミ氏は米連邦政府職員の75%削減に言及
DOGEのトップにビジネス業界で辣腕を振るってきた両氏が就任するとあって、米連邦政府の職員を始め、関係者は戦々恐々だろう。
マスク氏といえば、2022年10月のツイッター買収にあたり、従業員約7,500人の75%を削減する計画と報じられたが、2023年10 月にBBCインタビューに応じたマスク氏によれば、約8割のリストラを断行。
約30億ドルの赤字を防いだとされる。
ラマスワミ氏も予備選で、米連邦政府職員の75%の削減に言及。
加えて、教育省を始め米連邦捜査局(FBI)、アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局、原子力規制委員会、IRS(国税庁)、商務省、米疾病対策センター(CDC)などについて、閉鎖や縮小の必要性を唱えていた。
トランプ陣営に入ってからは度々、Xで「閉鎖せよ(shut it down)」と投稿。
マスク氏とラマスワミ氏率いるDOGEが、短期間での大規模な歳出見直しを経て、米連邦政府職員のリストラを進言すると想定すべきだろう。
米連邦政府職員はバイデン政権下で増加も、リストラには大きな障害
マスク氏やラマスワミ氏が米政府関連の雇用を問題視する理由はある。
米労働統計局によれば、政府の雇用者数は10月時点で約300万人と、トランプ政権下でコロナ前の2019年比で73万人(3%)増加した。
もちろん、ここには州・地方政府が含まれるわけだが、米連邦政府職員では、16.5万人増(6%増)で、2022年末比では12.6万人増と米大統領選前に増加してきた実態が浮かび上がる。
チャート:米連邦政府の雇用者数
仮にバイデン政権下での雇用増加分がリストラされるならば、米雇用統計・非農業部門就労者数を押し下げうる。
余談だが、バイデン政権下で米実質GDP成長率の力強さが評価され、個人消費の好調ぶりが指摘されがちだが、政府支出の寄与度も成長エンジンだ。
特に2022年Q3にプラス成長に転じてから2024年Q3までの政府支出の伸び率平均は3.8%増と、トランプ1期目の2017年からコロナ禍前の2019年末までの平均2.5%増を超える。
寄与度でもバイデン政権の2022年Q3から2年間の平均で0.63ポイントと、コロナ禍の直撃を受けた2020年を除くトランプ1期目の0.44ポイントを上回る。
チャート:米実質GDP成長率、2023年以降は政府の寄与度が大きい
しかし、マスク氏の再編をめぐる辣腕は証明済みだが、労組のないテスラや買収したXのように大胆なリストラができるかというと、高いハードルが立ちはだかる。
まず、米連邦政府職員の約75万人を代表する労働組合であるアメリカ政府職員連盟(AFGE)が存在する。
そもそも、省庁の閉鎖には米議会で予算に関する法案を可決する必要がある。
下院では共和党多数で通過しても、上院では民主党によるフィリバスター(議事妨害)を討論打切動議(クローチャー)で阻止するためには60票の賛成が必要。
共和党は53議席を確保しているに過ぎず、可決できるとは想定しづらい。
米大統領令“スケジュールF”を活用する案が見込まれるが、それも簡単ではない。
トランプ氏が2020年10月に署名、公務員を政治的または政策関連の職員として再分類し、法的および労働組合保護のはく奪を認めるもの。
バイデン政権下で撤廃されたが、再び発令する可能性がある。
しかし、これは人事管理局による分類が必要となり、トランプ2.0に備え既に大統領が連邦労働力の広範な部分を再分類するのを防ぐ最終規則を発表済みだ。
もちろん、この規則の撤回は可能だが、その前にパブリックコメントを募集する期間を挟むなど、少なくとも数カ月を要するだろう。
米連邦政府職員を自主的に退職させる方法も考えられよう。
既にトランプ陣営は、ワシントンD.C.から一部政府機関を移転させる計画を提案している。
ただ、米議会が定めた予算が存在する以上、人員が削減されれば、補充される公算が大きい。
加えて、2兆ドルもの歳出削減自体が非現実的との説もある。
ブッシュ政権(子)で米大統領経済諮問委員会(CEA)委員長を務めたグレン・ハバード氏は「利払い負担や国防費などが対象外ならば、これほどの支出削減は非常に困難」と指摘。
超党派の機関“責任ある連邦予算委員会”のマーク・ゴールドワイン上級政策ディレクターは、社会保障の削減が必要になると分析する。
前述したDOGEコインは米大統領選の投票日直前の11月4日の安値から、DOGE設立が発表された11月12日までに対ドルで一時3倍も急伸し44セントをつけた。
DOGEコインの相場をみると、2026年7月の期限までにDOGEが役割を果たすと信じているかのようだ。
チャート:DOGEコイン(右軸)、DOGEのトップ指名から11月12日までに一時3倍も急騰、NY金先物は黄色線(左軸)
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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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