トランプ氏、完勝を支えたのは「あらゆる背景の人々」の支持
「愛はお金で買えない(Can’t Buy Me Love)」とは、ビートルズの名曲のひとつだ。
米大統領選を経て、民主党陣営は「選挙はお金で買えない(Money Can‘t Buy Us Elections)」との言葉が脳裏に浮かんでいるのではないだろうか。
2024年11月5日に投票日を迎えた米大統領選は接戦と報じられつつ、世論調査と主流メディア(Mainstream Media)の間で、ハリス氏が優勢と伝えられてきた。
しかし、蓋を開けてみると、共和党のドナルド・トランプ候補が312人の選挙人を獲得し、勝利を果たした。
米大統領経験者が返り咲いたのは、民主党のグローバー・クリーブランド氏が1884年の選挙で勝利し、1888年に共和党のベンジャミン・ハリソン氏に敗北した後、1892年に再び対決して以来、132年ぶり、2人目の快挙となる。
さらにトランプ氏は今回、2016年と違って得票数でも約7,485万票と、カマラ・ハリス氏の約7,129万票を上回った。
2016年はヒラリー・クリントン候補の約6,585万票に対し、トランプ氏は約6,298万票と後塵を拝したが、今回は名実ともに過半数の有権者の支持を得たことになる。
また、激戦7州でも、労働組合の影響力が強い民主党寄りのラストベルト3州を含め、トランプ氏が全てでリードし、完勝した。
チャート:トランプ氏、得票数でも勝利
トランプ氏は、勝利演説で「これは民主主義と自由のための大勝利でもある」と発言。
さらに老若男女、黒人やヒスパニック系、アジア系、イスラム教徒など「あらゆる背景の人々が、常識という共通の核を中心に団結した」ため、歴史的な勝利を飾ったと述べたが、誇張とは言い難い。
実際、ワシントン・ポスト紙の出口調査結果によれば、18~29歳と34~35歳、ヒスパニック系とアジア系、その他の宗教など50%以上がハリス氏に投票したと回答したものの、2020年と比較しトランプ氏にシフトしことが分かる。
黒人の間でも、性別で分ければ黒人男性は77%に対し女性は91%と、男性の民主党離れを確認できる。
さらに、インフレ高止まりもあって年収10万ドル未満でトランプ・シフトが鮮明となった。
チャート:出口調査結果、2024年は民主党支持基盤でトランプ・シフトを確認
ハリス陣営、広告とセレブを多用し12億ドルの選挙資金を吹き飛ばす
トランプ陣営の戦いは、これまで選挙に勝利する上で相手を凌駕する資金が必要との常識を打ち破った。
米連邦選挙委員会(FEC)によれば、ハリス陣営(民主党の候補者向けファンドを含む)の選挙資金調達額は、10月16日時点で約10億ドルに対し、トランプ陣営は3.9億ドル程度。
支出額をみても、ハリス陣営で8.8億ドルと、トランプ陣営の3.6億ドルの2.5倍近くに膨らんだ。
しかも、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙によれば、ハリス陣営は米大統領選全体で12億ドルの資金集めに成功したという。
チャート:両陣営の選挙資金調達額と支出額、ハリス氏が圧倒
その潤沢な資金を駆使し、ハリス陣営は反トランプ関連の広告を大量に放映し、反トランプと中絶を始めとした女性の権利、そして民主主義の擁護をキャンペーンの旗印に掲げた。
また、「女性初の黒人女性の大統領を誕生させよう」と気運を高めると同時にアイデンティティ・ポリティクスを仕掛け、政策で有権者に語りかけなかった。
2020年の米大統領選では、バイデン氏が「自分に投票しないなら黒人は黒人ではない」と発言し、今回の選挙戦ではオバマ氏が若い黒人男性に「女性の黒人候補への支持をためらうな」と諭す動画が流れたが、これらは支持基盤を当然視する民主党陣営と有権者の距離を感じさせる。
加えて、選挙集会には歌姫ビヨンセやラッパーのエミネムなど大人気アーティストを招き、米大統領選直前には映画「アベンジャーズ」の主要キャスト7人がハリス氏を称賛する動画を展開した。
一部報道では、ビヨンセの出演料はわずか数分間で1,000万ドル、人気トークショー司会者オプラ・ウィンフリー氏の番組出演には100万ドル支払ったとされる。
いわば、有権者に自身の言葉で政策を語りかけるのではなく、有名人の影響力に頼った戦略と言えよう。
なお、民主党全国委員会の幹部は、米大統領選後に保守系メディアのFOXに出演、ハリス陣営の選挙戦につき「10億ドルの大惨事」と呼び、1,800万~2,000万ドルの赤字に陥ったと明かしていた。
巨額の選挙資金を有効活用できなかった実態が浮かび上がる。
SNSを駆使した戦略、アメリカ人のメディア不信とマッチ
一方、トランプ陣営は広告以外にソーシャル・ネットワーク(SNS)を駆使したアイデア戦略に打って出た。
メディアとのインタビューだけでなく、三男のバロン・トランプ氏の支えもあって、若手インフルエンサーから人気ポッドキャストまで幅広く番組に登場し、SNSで大バズリすることもしばしば。
ある時は、SNSならではの「煽り(troll)」を有効利用し、ハリス氏が大学生時代にマクドナルドで働いた経験があるとの発言を逆手に取って、暗殺未遂事件が発生した激戦州のひとつ、ペンシルベニア州のマクドナルドで15分勤務してみせた。
これには日本人の有権者すら、衆議院総選挙中に庶民的なランチを食す議員の姿と比較し舌を巻いたものだ。
自身の選挙集会で、コメディアンがプエルトリコを「ゴミの浮島」と口走った時は、バイデン大統領が「トランプ支持者はゴミだ」との失言を逃さず、ゴミ作業員の格好でゴミ収集車に乗って現れ、そのままの姿で演説まで行った。
これがSNSを席捲すると共に、ハリス氏のメッセージを埋もれさせてしまったと言える。
何より、トランプ陣営はSNSを通じ、バイデン政権下でのインフレ加速、不法移民増加、犯罪率の上昇、過度な多様性・公平性・包摂性(DEI)の推進による問題(思春期抑制剤の投与を始め子供への影響)などを効果的に訴えてきた。
X(旧ツイッター)を有するイーロン・マスク氏の支持表明と支援が、トランプ陣営に多大な恩恵を与えたことは言うまでもない。
その結果、2020年と違って、Xで自由な議論が可能となり、トランプ氏と有権者のコミュニケーションが格段に容易になった。
さらに、有権者の間でのMSMへの不信も、トランプ陣営には追い風となった。
ギャラップの調査によれば、アメリカ人の間で2023年のメディアを「全く信頼していない」との回答は39%と最多に。
メディアへの不信感の受け皿こそがXを筆頭としたSNSであり、トランプ氏の勝利を支えたと言えよう。
メディア・レーティング・カウンシルによれば、米大統領選の約1週間前にあたる10月28日時点で、メディアによるハリス氏のポジティブ報道は78%に対し、トランプ氏は85%がネガティブ報道だった。
民主党にとって、ここまでメディアの信頼感が低下していたのは、誤算だったに違いない。
チャート:アメリカ人のメディアの信頼度は過去最低水準
振り返ってみると、2024年の米大統領選は巨額の資金が結果を左右することなく、有権者1人1人が無料で参加できるSNSを介し候補者を選んだ選挙と捉えられる。
額面通り受け止めれば、21世紀以降で最も民主主義な選挙と解釈できるのかもしれない。
少なくとも、今後の選挙戦に一石を投じたことだろう。
Provided by
株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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