米10月雇用統計、ハリケーンとストライキのダブルで大幅減速
「桁を間違えたのかと思った」――米10月雇用統計・非農業部門就労者数(NFP)が前月比1.2万人増と、2021年1月以降の増加トレンドで最小の伸びとなった結果を受け、誰もがそう思ったことだろう。
かくいう筆者も、最初は12万人増と受け止めた。
ただ、ドル円が瞬間風速的に151.79円まで下落した程度で、まもなく153円台を回復したように、NFPの大幅減速の衝撃は長続きしなかった。
ハリケーン「へリーン」と「ミルトン」に加え、約3万人が参加した航空機大手ボーイングのストライキの影響で、伸びが縮小することは織り込み済みだったためだ。
米労働統計局も事前に「ストライキ・レポート」で、4.4万人の押し下げを予想していた。
平均時給が前月比0.4%上昇し、市場予想の0.3%を上回ったことも、NFPの衝撃を和らげたに違いない。
何より、米10月失業率が4.1%と、市場予想および前月と一致したことが大きかったのだろう。
NFPや平均時給などを管轄する事業所調査は給与明細ベースで、ハリケーンやストライキの影響が受けやすい側面がある一方、失業率や労働参加率を管轄する家計調査はこうした特殊要因の影響は反映しづらく、ここから見ても市場関係者が米10月雇用統計・NFPの大幅減速について一時的と判断している様子が浮かび上がる。
チャート:米10月雇用統計、NFPの伸びは大幅減速も失業率は前月比横ばい
米10月雇用統計・NFPは大幅修正か
もちろん、市場参加者が米10月雇用統計・NFPの結果に右往左往しなかった理由は、米大統領選を控えていたことも大きいだろう。
ただ、米雇用統計要因として、もうひとつ考えられる。
米労働統計局は米10月雇用統計発表の資料にて、ハリケーンやストライキの影響について「家計調査の回答率は平年通り」だったものの、事業所調査の回収率については「平年を下回った」と説明していた。
確かに、米10月雇用統計における事業所調査の回収率は47.4%と、2005年にハリケーン「カトリーナ」が直撃した60.8%、2017年8月に「ハービー」が直撃した70%を大きく下回っただけでなく、1991年1月以来の水準に落ち込んでいた。
米労働統計局は、この理由について「調査期間は従来の10~16日のところ、今回は10日のみだった」と説明、ハリケーンの被災地とそうでない地域で、共に回収率が低下したという。
チャート:事業所調査の回収率、1991年1月以来の低水準
米雇用統計・NFPといえば、2023年1月以降、21回のうち17回も下方修正されたように、速報値が発表された後、修正されるケースが多い。
8-9月分も11.2万人もの大幅な引き下げとなった。
米10月雇用統計・NFPが必ずしも下方修正されるとは限らないものの、大幅に修正される公算が大きく、マーケットとしてもファースト・リアクションを経て様子見に入ったとみられる。
チャート:2023年1月以降、21回のうち17回は下方修正
失業率は前月横ばいも、失職者数や完全解雇者数は増加
米10月雇用統計の失業率は4.1%と前月と変わらなかったとはいえ、労働市場の冷え込みを示す証左が見え隠れする。
四捨五入前でみると前月の4.05%→4.14%と小幅ながら上振れしていた。
さらに、失業者の内訳をみると、失職者数(一時的な解雇ではなく再編やM&Aなど会社都合での解雇者、派遣など契約が終了した労働者)は、前月比21.4万人増の255万人と増加に転じ、2021年10月以来の高水準だった。
さらに、失職者のうち、完全解雇者(会社都合で解雇となった者)も同9.1%増の183.5万人へ膨らみ、労働人口に占める割合は1.1%と、2021年11月以来の高水準をつけた。
チャート:完全解雇者数と米労働力人口に占める割合は2021年11月以来の高水準
また、平均時給が前月比で市場予想を上回ったが、ここにも盲点がある。
13業種のうち、8業種が上昇していたが、このうち公益が同1.2%と押し上げていた。
何より、5業種が前月比マイナスと、9月の速報値時点のゼロから増えていた。
賃上げ圧力が確認されたとは言い難いのではないか。
チャート:業種別、前月比の平均時給動向
このように、米労働市場には着実な冷え込みが確認できる。
11月6~7日開催の米連邦公開市場委員会(FOMC)で0.25%利下げは確実な状況だが、新たに選出される米大統領が、米労働市場に配慮し、利下げ継続を望む可能性に留意しておくべきだろう。
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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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