ソロス・ファンド、Q2にアリババ株を100万株も大量取得
「暗黒の水曜日」と言えば、英国の通貨当局が著名投資家ジョージ・ソロス氏率いるヘッジファンド、クォンタム・ファンドによるポンド売りに敗北し、欧州為替相場メカニズム(ERM)からの脱退を余儀なくされた1992年9月16日を指す。
あれから32年を経て、一部の市場関係者の間で、ソロス氏が設立したファンドの投資先に注目が集まっている。
ジョージ・ソロス氏が1970年に立ち上げたソロス・ファンド・マネジメント(以下、ソロス・ファンド)は、足元の運用額は約280億ドルにのぼる。
このファンドは、ソロスの慈善事業であるオープン・ソサエティ財団(OSF)の主要な資産運用会社だ。
そのソロス・ファンドの投資先こそ、中国のオンライン小売大手アリババで、4~6月期に100万株取得したという。
同ファンドは、2014年からアリババの取引を開始し、トランプ政権では2018年Q4に売却した後、2023年Q2から17.5万株取得し、売り買いを続けていたが、不動産不況による景気低迷の最中、100万株の買いは大きな賭けだ。
勝算がなければ、ここまで大量には買うはずがない。
中国、大規模な景気刺激策で経済テコ入れ
そこへ、飛び込んできたのが中国による追加緩和を含めた大規模な景気刺激策のニュースだ。
中国人民銀行の潘総裁は9月24日、記者会見にて主要金利のひとつである7日物リバースレポ金利を1.7%から1.5%への引き下げを発表した。
これまで、人民銀行は最優遇貸出金利の指標であるローンプライムレート(LPR)の1年物を事実上の政策金利と位置づけてきたが、今回の潘総裁の会見では、7日物リバースレポ金利こそ、政策金利と強調した。
今回の引き下げにより、中期貸出ファシリティー(MLF)金利は約0.3ポイント、最優遇貸出金利(ローンプライムレート、LPR)は0.2~0.25ポイント低下し、住宅ローン金利や企業向けの貸出金利も追随して引き下げられよう。
金融機関から一定の割合で強制的に資金を預かる預金準備率も、0.5ポイント引き下げる方針を表明。
潘総裁によれば、これにより1兆元(約20兆円)の流動性が供給される見通しだ。
潘総裁はまた、年内の適切な時期にさらに0.25~0.5ポイントの預金準備率引き下げを決定する可能性があるという。
ブルームバーグによれば、主要短期金利と預金金利が同時に引き下げられたのは、初めてとなる。
チャート:中国財新PMIの推移
潘総裁はさらに、中国株式市場に少なくとも8,000億元(約16.5兆円)の流動性支援を供給する方針を示し、株式安定化基金の設立を検討していることも明らかにした。
証券会社やファンドなどが人民銀行の資金を利用し株式の取得を可能とすべくスワップ制度を導入するほか、自社株買いを行う企業や保有株拡大を目指す大株主向けに再貸出を行う方針だ。
不動産市場支援策としては、既存の住宅ローン金利について平均0.5ポイントの引き下げを決定。
引き下げにより、約5,000万世帯の利払い負担が年間1,500億元(約3兆円)押し下げられる見通しだ。
住宅購入に必要な頭金額も、最低水準を価格の15%に引き下げる。
加えて、中国国営の中央テレビが9月5日に伝えたところ、極貧層に向け一度限りの現金給付を行う方針だ。
長引く不動産市場の低迷を受け景気の先行きに不透明感が強まるなか、政府が掲げる5%成長の目標達成を狙うべく、テコ入れした格好だ。
中国の景気刺激策、「バズーカ」とは程遠く
一連の対策を受けても大型の財政出動ではなく、エコノミストを中心に今回の中国の対応について「バズーカとは程遠い」との指摘が多い。
中国財務省は2023年10月、財政赤字をGDP比3.0%から3.8%へ異例の引き上げを決定、特別措置として1兆元の国債追加発行に踏み切った。
一転して今年の3月には、通常の3%の赤字目標に戻したが、財政拡大路線に慎重な当局の様子が伺える。
チャート:中国の財政目標、GDP比
中国の財政・マクロ経済政策を専門とする大手シンクタンク、中国金融四十人フォーラム(CF40)の分析によれば、中国が今年の財政目標を達成するには、歳出の1兆元(約20.6兆円)削減を余儀なくされるという。
歳入の伸びが低迷しているためで、CF40はギャップを埋めるため、追加の国債発行の必要性を説く。
中国政府がバラマキに慎重な理由は、人民元安と資金逃避が挙げられる。
ただ、米連邦公開市場委員会(FOMC)は9月に0.5%の利下げを決定すると同時に、利下げサイクル突入を印象づけた。
結果、オフショア人民元は9月25日のアジア時間序盤に2023年5月以来の7元の節目を割り込み6.9952元までドル安・人民元高が進んだ。
米中金利差の縮小が期待されるなか、次のステップとして財政出動に踏み切るか否かが注目される。
チャート:米中10年債利回りの推移
上海総合は大幅高、アリババ株も急騰
石油輸出国機構(OPEC)は9月10日に公表した月報で、2024年の世界石油需要を前年比日量204万バレル増とし、前月の月予想の日量211万バレルから引き下げた。
2カ月連続の下方修正となる。
中国が下方修正の大半を占め、9月の月報では、2024年の中国の需要の伸びを日量65万バレルと、従来の70万バレルから引き下げていた。
中国の大規模な景気刺激策を受けて、上海総合は9月25日に6日続伸。
2月初め以来の安値をつけた9月18日の安値から10%近く、昇竜のごとき上昇を遂げた。
ただ、WTI原油先物は9月24日こそ一時72.40ドルと約3週間ぶりの水準を回復も、その後は伸び悩む。
中国が最大の貿易相手国で貿易総額の約3割を占めるオーストラリアの通貨をみると、豪ドル/ドルは一時0.6908ドルと年初来高値を更新しつつ、NY時間には上げ幅を巻き戻した。
中国のV字回復を遂げるとの期待が、上海総合ほどでないことが分かる。
WTI原油先物などが中国経済の回復に懐疑的な一方で、ソロス・ファンドが100万株相当ものアリババ株を取得したのは、正解だった。
投資したQ2末時点の安値から、米国上場のアリババ株は9月24日に一時36%も急騰。
ソロス氏自身は2023年に92歳で投資の世界から引退したとされるが、彼が得意とする「ロング・ショート戦略(割安株の買い持ち、割高株の売り持ち)」の流れが、ソロス・ファンドに引き継がれたと言えそうだ。
チャート:年初来の上海総合(ローソク足、右軸)と、アリババ株(緑線、左軸)の推移

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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