米7月CPI、スーパーコアの前月比が上昇に転じデフレ懸念を払拭
アメリカで人気のアーティスト、ブルーノ・マーズの名曲のひとつは「24K・マジック」。
24Kとは金の含有率99.9%の純金を指し、カネに物を言わせてパーティーを謳歌する歌だ。
この曲を彷彿させるかのように、8月15日の米株相場はユーフォリアに包まれたかのように大幅高を遂げた。
きっかけは、米7月消費者物価指数(CPI)と言えよう。
総合とコアそろって前月比0.2%だった上、CPIの前年同月比は2.9%と、2021年3月以来の3%割れを迎えた。
コアCPIも同3.2%と2021年4月以来の低い伸びに。
加えて、スーパーコア(住宅を除くコアサービス)も同4.5%と3ヵ月連続で前月を下回り、ディスインフレ環境を確認した。
これまで、スーパーコアを押し上げてきた自動車保険が3ヵ月連続で前月以下となり同18.3%まで減速したほか、自動車(中古車は同10.3%低下、新車は同1.0%)や宿泊(同2.0%低下)などがマイナスとなり、スーパーコアの鈍化につなげた。
チャート:米7月CPIの前年比、スーパーコアを含め鈍化
ただし、スーパーコアは前月比で0.2%上昇、6月(-0.05%)と5月(-0.04%)からプラスに反転した。
前月比での再加速の立役者は、やはり自動車保険で同1.2%と4カ月ぶりの高い伸びだったほか、宿泊も4カ月ぶりにプラス転換、航空運賃も同1.6%と下げ幅を縮小。
これらの数字がネガティブに受け止められたかというと、市場は好感。
デフレ懸念が払拭されたためで、同時に過度な景気後退懸念も巻き戻された。
チャート:スーパ―コアの前月比、3ヵ月ぶりにプラス反転
米7月小売売上高は大幅増、リセッション懸念も後退
米7月CPIの翌日に発表された米7月小売売上高は前月比1.0%増と、2023年1月以来の力強い伸びを遂げた。
前月の0.2%減(横ばいから下方修正)から大幅加速したが、ドライバーは自動車・部品で同3.6%増に。
これは、約1.5万もの自動車ディーラーにITサービスを提供するCDKグローバルが6月にサイバー攻撃を受けた反動だ。
6月19日から同社がシステムの大半をシャットダウンした結果、約2週間にわたり自動車ディーラーはサービス停止や業務のアナログ化を迫られ、6月に自動車・部品の小売売上高が同3.4%減となっていた。
チャート:米7月小売売上高、品目別の前月比の増減率
自動車・部品を除く場合は同0.4%増にとどまり、前月の0.6%増には届かなかった。
また、リテール・コントロール(自動車、燃料、建築材、外食などを除いた小売売上高で、GDPの個人消費に反映される)も同0.3%増と、前月の0.9%増から大幅に鈍化していた。
一連の結果を見ると、自動車の反動を除けば、小売売上高はヘッドラインが示すほど力強くはなかったと言えそうだ。
チャート:米小売売上高とリテール・コントロールの推移
とはいえ、米個人消費の底堅さを裏打ちし、米景気後退懸念を低下させるには十分だった。
結果、FF先物市場では年内0.5%利下げの織り込み度が修正され、0.25%利下げ予想が46.4%と、0.5%利下げ予想(40.8%)を米7月雇用統計リリース以降で初めて逆転した。
チャート:FOMC先物市場、年内0.25%ずつ3回の予想が優勢に
9月FOMCでの0.25%利下げ、米株相場とFedにとって好材料
米7月小売売上高に加え8月15日は、もう一つ米景気後退懸念を払しょくする好材料が飛び出した。
米新規失業保険申請件数は22.7万件と5週ぶりの水準へ減少し、継続受給者も2021年11月以来の高水準だった前週を下回った。
米7月失業率が4.3%と2021年10月以来の水準へ上昇したため、サーム・ルール(※過去記事参照)に基づき、失業率の直近3ヵ月移動平均と過去12カ月間の最低値の差が0.5ポイント上回り0.53ポイントとなったたため、1年以内のリセッション懸念が台頭したが、杞憂だったと判明した。
一連の米指標は、米連邦公開市場委員会(FOMC)参加者にとって好材料と言える。
9月17-18日のFOMCで0.5%利下げを余儀なくされれば、2022年3月に開始した利上げと同じく、Fedが「後手に回った(ビハインド・ザ・カーブ)」と批判されかねない。
何より、9月に0.5%利下げに踏み切れば、有権者に米景気後退が近いとの不安を与え、米大統領選に影響を与えうる。
パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長は、政治に配慮しない政策運営を強調してきた。
しかし、投票日まで2カ月を切ったタイミングの0.5%利下げは、政治への忖度としてFedの歴史に刻まれかねない。
8月15日のダウ平均は、9月の0.25%利下げとソフトランディング期待の再燃から554ドル高で引け、ナスダックに至っては2.3%高と急伸した。
サブプライム危機に陥る最中の2007年7月、シティグループのチャック・プリンス最高経営責任者(CEO)は「音楽が鳴っている間は、踊り続けなければならない」との名言を残した。
まさに米株相場は、利下げによってもたらされる流動性の拡大を先取りしユーフォリアに突入しつつあるかのようだ。
もっとも、半導体大手インテルやメディア大手パラマウント・グローバル、通信機器大手シスコシステムズなど、一部の企業は大規模なリストラを相次いで発表するだけに、高揚感が長続きするかは不透明だが。

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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