米7月雇用統計後、0.5%の米利下げ観測台頭

マーケットレポート

米7月失業率は4.3%へ上昇、サーム・ルールの景気後退サイン点灯

「ハリス陣営、米7月雇用統計の悪化は“トランプ前大統領の責任”と糾弾」――FOXニュースが8月2日に掲げたヘッドラインである。
ただし、米大統領選イヤーの失業率の上昇は、現職あるいは与党候補にとって逆風となる。
1960年以降、米大統領選イヤーの1月時点から10月までに失業率が0.5ポイント以上の上昇を記録すれば、必ず現職あるいは与党候補が敗北してきたためだ(詳細は過去のレポートをご参照)。

加えて、米7月雇用統計の結果は、米景気がハードランディングに向かう懸念を想起させた。
非農業部門就労者数(NFP)は前月比11.4万人増と3ヵ月ぶりの低い伸びだったが、過去2カ月分はまたしても2.9万人の下方修正となった。
さらに、失業率は前月比0.2ポイント(pt)も上昇し4.3%と、2021年10月以来の高水準に。
失業率をめぐっては、サーム・ルールに基づく景気後退のサインが点灯し、衝撃が走った。
サーム・ルールとは、直近3ヵ月間の失業率の移動平均と過去12カ月間の最低値の差が0.5pt以上なら、景気後退入りするとの説。
7月はリセッション入りの節目となる0.5ptを突破し、0.53ptをつけた。

チャート:サーム・ルールに基づけば、景気後退のサイン点灯
チャート:サーム・ルールに基づけば、景気後退のサイン点灯

サーム・ルールの考案者である元米連邦準備制度理事会(FRB)エコノミストのクラウディア・サーム氏は、2023年8月にブルームバーグ・インタビューに応じ、自身が作ったものが独り歩きして「怪物」となったのではと危惧していると発言。
法則通りになったとしても、必ずしも景気後退を意味しないとの考えを示唆した。
それでも、サーム・ルールへの注目度は高い。
7月31日の米連邦公開市場委員会(FOMC)後の会見でも、これに関する質問が飛び、パウエルFRB議長は「統計的な規則性というのは、経済的なルールではない」と一蹴。
また、ハードランディングの可能性に関する質問に対しても「可能性は低い。
経済が過熱しているか急激に弱まっている理由は見当たらない。
足元のデータは堅調なペースで成長している経済を示す」と、真っ向から否定した。

また、今回の失業率の上昇についてハリケーンの影響との指摘もある。
もちろん、天候要因は否定できない。
実際に7月にハリケーンが直撃した結果「悪天候が理由で就業できなかった」とする人々は今回、前月比37.8万人増の46.1万人と6カ月ぶりの高水準だった。
ただし、1月も豪雪の影響で58.8万人に急増したが、当時の失業率は3.7%で、前月と変わらず。
ハリケーンの影響は不透明と言えそうだ。

チャート:「天候が理由で働けない」とする人々は2015-19年の平均値に接近
チャート:「天候が理由で働けない」とする人々は2015-19年の平均値に接近

失業率以外でも、米7月雇用統計は悪材料が目立つ

米7月雇用統計の内容は、失業率以外も労働市場の悪化が目立った。
民間サービスの就労者数は前月比7.2万人増と、2021年1月からの増加トレンドで最小の伸びにとどまった。
週当たり労働時間は34.2時間と、コロナ禍で経済活動が停止した2020年4月の水準に並んだ。
平均時給も前年同月比3.6%と、2021年5月以来の低い伸びとなり、民間部門の総賃金も同4.8%と2021年3月以来の5%割れを迎えた。

チャート:民間サービスの就労者数、2021年1月からの増加トレンドで最小
チャート:民間サービスの就労者数、2021年1月からの増加トレンドで最小

その他、悪材料には枚挙の暇がない。
レイオフ(一時解雇者)は7月に前月比25万人増の106万人と2021年9月以来の水準へ急増し、失職者数(一時解雇ではなく、契約切れや解雇などで職を失った者)も243万人と2021年11月以来の高水準だった。
さらに、就業率は60%と、2022年10月以来の水準へ低下。
経済的な理由でパートタイムを余儀なくされている者などを含む不完全就業率は7.8%と前月の7.4%から急伸、パートタイムの就業者が前月比32.5万人減の2,770万人だったにもかかわらず、2021年10月以来の高水準となった。

チャート:レイオフ、7月に急増
チャート:レイオフ、7月に急増

パウエルFRB議長のサーム・ルールやハードランディングをめぐる質問には強気だった一方で、会見内容はハト派寄りに傾いた。
声明文ではリスク評価につき、従来の「インフレのリスクに十分注意する」から、「二大統治目標の両方のリスクに注意する」へ変更。
さらに、質疑応答でインフレや労働市場の減速に従い、9月利下げが検討される可能性について明言しただけでなく、「さらなる労働市場の冷え込みを避けたい」と言及した。

もうひとつ、注目すべきは0.5%利下げをめぐる発言だ。
質問の回答で、FRB当局者が望むものではないと述べたが、「より深刻な景気後退のようなものがあれば…それに対応する方針だ」と言い切った。
米7月雇用統計後、FF先物市場で9月と11月の0.5%利下げの織り込み度が強まったのは、こうしたパウエル発言が一因だろう。
米7月雇用統計後、少なくともシティグループやJ.P.モルガンは、9月11月の0.5%利下げ、12月の0.25%利下げへ見通しを変更した。
市場ではFedがビハインド・ザ・カーブに陥っているとのではとの疑問が沸き起こった証左と言えよう。

オバマ政権でCEA委員長を務めたシカゴ連銀総裁、0.5%利下げに慎重姿勢も…

米10年債利回りが8月2日、2月以来の4%割れでクローズしたように、利下げへの期待が強まった半面、ブラックアウト期間を経たFed高官の発言は慎重だ。
オバマ政権で米大統領経済諮問委員会(CEA)委員長を務めたシカゴ連銀のグールズビー総裁は、8月2日、単月の米指標に反応せず、「着実に動く」と述べ、0.5%利下げを確約しなかった。
米大統領選を控え、0.5%利下げを支持すれば、バイデン政権が経済政策が失策に終わったとの印象を与えるだけに、判断は慎重となりうる。

とはいえ、パウエルFRB議長の7月FOMC後の発言の通り、米景気の急減速局面でFedが対応しないはずはない。
ブラックアウト期間明けのFeⅾ高官の発言はもとより、8月22-24日予定のジャクソン・ホール会合で行うパウエルFRB議長の講演で0.5%利下げへの扉を開くか、あるいはその前に地均しを行うか、試され始めている。

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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