中央銀行の「建設的曖昧さ」、グリーンスパン氏が語る美学
中央銀行は、これまで「建設的曖昧さ(constructive ambiguity)」を重んじてきた。
代表例は1987年8月から2006年1月まで米連邦準備制度理事会(FRB)議長を務めた、アラン・グリーンスパン氏だ。
同氏は1996年12月、米株市場がITバブルで沸く状況を「根拠なき熱狂(irrational exuberance)」と表現し、警告を放った。
2005年2月にはFedが2004年6月から1.5%もの利上げを行ったにもかかわらず、米長期金利が低水準である状況については「謎(conundrum)」と発言。
難解な言葉使いで、市場を煙に巻きながら金融政策を運営し、「マエストロ」の称号を得たことが思い出される。
そのグリーンスパン氏はFRB議長退任後の2012年8月、「建設的曖昧さ」について、「自己防衛のためのメカニズム」であり、「Fed話法(Fed-speak)」と名づけるともに、中央銀行家の美学と位置づけた。
日本でいう「日銀文学」といったところだろう。
パウエル議長率いるFed、「曖昧さ」を捨て9月利下げのサイン点灯
バーナンキ氏、イエレン氏と学者のFRB議長が2代続くなか、Fedの「建設的曖昧さ」は徐々に薄れていった。
バーナンキ氏は2013年5月、議会証言での質疑応答で「向こう数回の会合」にて資産買入れ縮小を決定する可能性を示唆し、テーパー・タントラムを引き起こした。
イエレン氏はFRB議長としてデビューした2014年3月FOMC後の記者会見で、利下げ開始の時期について「半年後程度」とコメントし、市場を驚かせたものだ。
弁護士出身のパウエル氏率いるFedも、それほど「建設的曖昧さ」を担保しているようにみえない。
むしろ、最近ではウォラーFRB理事とウィリアムズNY連銀総裁が、そろって7月17日に「2カ月間」のインフレなど米指標を見極めたいと明言した。
「数カ月(a few months)」との曖昧な表現を敢えて使用しなかった理由は、ひとえに9月17-18日のFOMCが念頭にあったのだろう。
発言した日からみると、9月FOMCまで、米雇用統計や米消費者物価指数、米PCE価格指数など、そろって2回ずつ発表を予定していたのは、偶然でないはずだ。
画像:Fed高官の発言一覧
チャート:9月FOMCまでの重要指標予定
ベバリッジ曲線が労働市場の転換点示唆か、ソフトランディングに黄信号
ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙のFed番記者、ニック・ティミラオス記者は、7月28日付けの記事で、米労働市場に配慮し、早過ぎる利下げのリスクと遅過ぎる利下げのリスク評価を見直し、早期の利下げを示唆すると報じた。
WSJ紙の報道通り、インフレ率は鈍化を再開させ、米労働市場は調整色を強めている。
Fedが注目する米6月PCE価格指数は前年比2.5%と4カ月ぶりの低い伸びで、コアも同2.6%と前月と同じく2021年3月以来の低い伸びを維持。スーパーコア(住宅を除くコアサービス)も同3.4%と、4カ月ぶりの伸びへ鈍化した。
一方で、米6月失業率が2ヵ月連続で上昇したように、米労働市場は減速中。
サンフランシスコ連銀のデイリー総裁が6月24日に指摘したように、ベバリッジ曲線(縦軸が求人率、横軸が失業率で右下にいくほど米労働市場の悪化を示す)はほんのわずかながら、右下方向にシフトした。
労働市場は、転換点を迎えつつあるようだ。
いわば、ソフトランディングに黄信号が灯る手前にあり、米労働市場の急激な落ち込みを通じた景気後退へのリスクが意識される。
実際、米新規失業保険申請件数は直近の4週平均で23万5,500件と約1年ぶりの高水準近くで推移する。
継続受給者数も185.1万人と2021年11月以来の水準で高どまりしており、失業率に上昇圧力を加える状況だ。
チャート:ベバリッジ曲線、足元はソフトランディングを示唆するが…(赤い点が年初来の動向)
ウォール街から高まる利下げ待望論、0.5%利下げ期待も
ウォール街からは、7月利下げの必要性を唱える声も出てきた。
ゴールドマン・サックスのチーフ・エコノミスト、ヤン・ハチウス氏は7月15日、9月利下げ開始の予想を維持しつつ「7月利下げの論拠ありとの姿勢を表明。
WSJ紙のコラムニストで、元Fed番記者のグレッグ・イップ氏も7月18日付けの論説で、Fedが利下げを9月まで待つべきでない理由として①インフレ再加速のリスクの後退、②失業率上昇で待つことのリスク―を挙げた。
また、前GSのチーフエコノミストのウィリアム・ダドリー前NY連銀総裁は7月24日、「心変わりを白状する、FOMCは今すぐ利下げを」と主張した。
元PIMCO最高経営責任者で現在は英ケンブリッジ大学クイーンズカレッジの学長を務めるモハメド・エラリアン氏も7月26日、7月と9月で利下げ見送りなら「経済に過度のダメージ与えるリスクがある」と警告を放つ。
FF先物市場も、7月26日時点で9月利下げ開始の織り込み度は88.7%と優勢で、0.5%の利下げすら11%と小幅ながら予想されている。
ITバブル崩壊を受けた2001年1月と、サブプライム危機の真っただ中にあった2007年9月の利下げ開始時の引き下げ幅が0.5%だったため、大幅利下げの期待が根強いのだろう。
何より、9月FOMCまで約7週間も待つ必要があるため、米指標の悪化次第では緊急利下げもありうべしとの見方もある。
ドル円は7月の日銀金融政策決定会合の結果次第で買い戻される余地がある半面、Fedの政策運営が上昇にブレーキを掛けそうだ。

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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