コロナ禍後の過剰貯蓄は枯渇、クレジットカードの延滞率は悪化
「支出後に残ったカネを貯蓄にまわすな、貯蓄した後に残ったカネで支出せよ」とは、オマハの賢人の異名を持つウォーレン・バフェット氏の名言である。
米国が誇る著名投資家の言葉に反し、米国人の消費性向は極めて高い。
2023年12月にバンクレートが行った調査で、1,000ドル(約15万円)の急な出費に対応できると回答した米国人は、44%と、2022年末の43%から小幅に上昇。
公認ファイナンシャル・プランナーで金融心理学と行動ファイナンスの専門家は、この結果に対し「米国人は貯蓄するようにできていない」と説明する。
米3月個人消費の結果を振り返ると、前月比0.8%増と、可処分所得の伸びである同0.5%増を超えた。
結果、可処分所得比の貯蓄率は3.2%へ低下。
コロナ禍での現金給付で一時は32%も急伸したが、足元は2019年平均の7.4%の半分以下にとどまり、サンフランシスコ連銀も「コロナ禍後の過剰貯蓄は、3月時点で枯渇した」と分析する。
チャート:米個人消費の拡大に合わせ、貯蓄率は低下
もうひとつ、米国人の消費性向を表す数字がクレジットカードの延滞率だ。
NY連銀が発表した1―3月(Q1)の家計債務調査で、90日以上の延滞率はクレジットカード債務残高のうち10.7%と、2012年Q2以来の水準へ上昇。
特に若い世代で悪化が顕著で、新たに90日以上の深刻な延滞に移行した割合(90日以上延滞残高を、延滞がなかった前期の残高に対するパーセンテージで表したもの)は18ー29歳で9.9%、30ー39歳で9.47%と2010年以来の水準に悪化した。
なお、全米では6.9%だったが、それでも2011年以来の高水準となる。
チャート:クレジットカードの90日以上の延滞の割合
NY連銀の家計債務調査では、クレジットカードを限界まで使用する中低所得者の動向を反映していると言えよう。
Q1のクレジットカードの借入上限に対する利用率・中央値は13%だったが、新たに滞納に陥った借入者の利用率の中央値は90%に達していた。
信用履歴が短い若い世代のほか、中低所得者層で利用率が上昇するとともに、延滞の悪化も見て取れる。
NY連銀は「支払いを滞納する債務者が増加し、一部の世帯で財政難が深刻化していることが明らかになった」とまとめていた。
米4月小売売上高は増加一服、消費の転換点を示唆か
米国人の家計において裁量的支出が狭まるなか、米小売売上高は過去2カ月間の増加を経て、4月は前月比横ばいにとどまった。
特に、リテール・コントロール(自動車、建材、ガソリンスタンド、外食を除く小売売上高、GDPの個人消費を算出する上で使用される)は前月比0.3%減と、過去分の下方修正もあって4カ月間で3回目のマイナスに。
ガソリン価格の値上がりも、消費を抑制したと言えよう。
単月の結果をもって消費が遂に転換点を迎えたと判断するのは、時期尚早である。
とはいえ、裁量的支出の分野では、明らかな鈍化が見て取れる。
米4月消費者物価指数は前年同月比3.4%と3月の3.5%を下回り、コアCPIは同3.6%と2021年4月以来の低い伸びだった。
そのうち、裁量的支出の品目とされる娯楽は同1.5%の上昇、外食も同4.1%の上昇と2021年半ば以来の低さとなり、宿泊に至っては同0.3%の低下と前月から下げ幅を縮小したとはいえ、3ヵ月連続でマイナスだった。
Fedが注目するスーパーコア、即ちコアサービス(住宅を除く)は同4.9%と前月の4.8%を上回り、6カ月連続で加速した。
とはいえ、自動車保険が同22.6%とデータを公表した1985年以降で最高の伸びを更新し、寄与度は約半分を占めるためだ。
むしろ、スーパ―コアは前月比で0.3%と年初来で最小にとどまり、インフレ鈍化を示唆する。
チャート:米CPIのスーパ―コアは自動車保険が押し上げも、娯楽や外食、宿泊は鈍化
FF先物市場、9月利下げと年内2回利下げへの期待高まる
高止まりが指摘されるインフレ率で鈍化の兆しが確認できる点は、米景気後退入りせずに物価目標2%へ回帰させたい米連邦準備制度理事会(FRB)にとっては心強い材料だろう。
FF先物市場では、再び9月利下げ織り込み度が5月15日時点で52.5%へ上昇、年内2回の利下げ予想も39.1%と最多となり、カムバックしつつある。
パウエルFRB議長が金融政策運営はデータ次第と発言しているだけに、利下げ期待の揺り戻しも大きいのだろう。
ただ、パウエル氏は5月FOMCで、インフレ率3%以下であれば、物価の安定と雇用の最大化という二大目標のうち後者に焦点をシフトさせることが可能と述べていた。
インフレさえ落ち着けば利下げという期待が先走るのも、無理もない話だろう。
ドル円は5月16日の東京時間で一時154円を割り込んだが、日銀の政策より、やはり米金融政策の行方に注目しているようだ。

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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