コロナ禍後、米新規失業保険の申請に変化?
4月頃、筆者はX(旧ツイッター)で投稿されたレシートをみて驚愕した。
米国のピザ屋で働く人物が披露した1日のチップの受取額が、なんと548ドルに及んでいたためだ。
155円で換算すれば、約8万5,000円に及ぶ。
その時、筆者の脳裏に当時、20万~22万件程度のレンジで推移していた米新規失業保険申請件数が浮かんだ。
失業率は年初から4%手前で推移するなか、2023年平均の3.6%を上回っているのに、なぜ当時のように25万件超えへ増えないのか(注:2023年はハリウッドを始め大規模ストライキが33件と2000年以来の水準へ増加したが、ストライキに参加した労働者は原則、支給の対象にならない)。
チャート:米新規失業保険申請件数、直近は23.1万件と2023年8月末以来の高水準だが、2023年と比べ低推移が続く
ここで、米新規失業保険申請件数の受給資格を振り返ってみよう。
州によって異なるが、一般的に、パートタイム従業員を含め①自分の落ち度でなく失職した者、②一定の就業期間(12~24カ月間)を満たす者、③一定の賃金水準を満たす者――などが要件に掲げられている。
このうち、②についてはコロナ禍後、ペントアップ需要の追い風を受け、労働市場が買い手市場から売り手市場に転じていた。
高賃金を求め職を渡り歩いた人々の間で、就業期間が失業保険の受給資格に満たない者がいてもおかしくない。
奇しくも2021年後半から2022年末といえば、「大離職時代(Great Resignation)」が声高に叫ばれていたことが思い出される。
2022年4月には、米雇用動態調査(JOLTS)に含まれる自発的離職者数が450万人を超え、2000年12月のデータ公表以来で最多を記録。
自発的離職者率は2021年11月、2022年1月、2022年4月に3.0%と、こちらも過去最高で、2023年上半期まで高止まりしていた。
なお、2024年3月には2.1%と、コロナ禍を除けば2018年1月以来の水準に低下、足元は売り手市場へシフトしつつある。
チャート:自発的離職率、4月はコロナ禍を除けば2018年1月以来の低水準
失業保険の給付より、パートタイムを選ぶ場合も
失業保険申請の資格より、新規失業保険申請件数を抑えた要因として注目すべきは、パートタイム労働者の増加かもしれない。
失業保険支給額がインフレ調整されないだけに、失職した場合は、パートタイムを選ぶ傾向があるためだ。
例えば、カリフォルニア州での週当たり失業保険支給額は、40~450ドルだが、同州は4月からファストフード店で働く労働者の最低賃金を20ドルへ引き上げた。
仮に5時間勤務すれば、1日で100ドル、週5日働けば500ドルとなる。
失業保険の支給額のレンジ上限の450ドルを受け取るために、最も多く稼いだ基準期間の四半期に1万1,674ドル以上でなければならないが、これに満たない者がパートタイムを選んでもおかしくない。
実際、2022年以降、米新規失業保険申請件数のパートタイム労働者は概ね反比例の関係にある。
米3月雇用統計まで、パートタイムは5カ月連続で増加し、その数は2,863万人と過去最多を更新。
また、複数の職を持つ者も2023年12月に258万人とデータ公表以来で最多となり、足元も小幅に減少する程度で高止まりの状況だ。
職を失った人々が失業保険の給付ではなく、複数の職を持ちつつ、パートタイムを選んだ可能性を示唆する。
チャート:米新規失業保険申請件数とパートタイム労働者、概ね反比例の関係に
チャート:大離職時代がひと段落した2022年末以降、パートタイムと複数の職を持つ者が雇用の増加をけん引
米新規失業保険申請件数5月4日週の急増は一時的要因か、あるいは…
仮に米新規失業保険申請件数が低水準で推移してきた背景として、①就業期間で需給資格を満たさない者が増えている、②給付額より稼げるパートタイムを選ぶ労働者が増えているーーならば、米経済の一時的な構造変化であって、米経済が力強く盤石とは言い難いように見える。
そこへ飛び込んだのが、市場予想を下回る米4月雇用統計と、米新規失業保険申請件数の増加だ。
米4月雇用統計は先日のレポートで取り上げたように、失業率の上昇を解雇者が押し上げた。
また、4月にパートタイム労働者が前月比91.2万人減の2,772万人と大幅に6カ月ぶりの減少へ転じたが、米新規失業保険申請件数は5月4日週に23.1万件と、2023年8月末以来の水準へ増加した。
ただ、米新規失業保険申請件数の急増は、NY市の公立学校の春休みを受け、公立学校の職員が失業保険を申請したため、急増したとの指摘もある。
単月と1週間だけの結果で労働市場の急減速を判断するのは時期尚早ながら、パウエルFRB議長が5月FOMC後、インフレから労働市場に焦点を当てつつあると発言していた。
年内の利下げを見極める上で、米新規失業保険申請件数に熱い視線が注がれよう。

Provided by
株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
本ホームページに掲載されている事項は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としたものであり、投資の勧誘を目的としたものではありません。投資方針、投資タイミング等は、ご自身の責任において判断してください。本サービスの情報に基づいて行った取引のいかなる損失についても、当社は一切の責を負いかねますのでご了承ください。また、当社は、当該情報の正確性および完全性を保証または約束するものでなく、今後、予告なしに内容を変更または廃止する場合があります。なお、当該情報の欠落・誤謬等につきましてもその責を負いかねますのでご了承ください。