米国の労働市場、移民主導の拡大は曲がり角に直面か

マーケットレポート

米国への移民急増で、中立的な雇用増加ペースは「16万~20万人」に

「世界は俺のものだ(I’m the king of the world)!」といえば、米国で1997年に公開された名作“タイタニック”の名言だ。
米国へ向かう豪華客船の甲板で両手を振りかざすレオナルド・ディカプリオの姿は、米国という新世界での再出発に向け、欧州系移民の希望を雄弁に物語っていた。
今でも、米国を目指す移民の心情は、当時とさほど変わらないのかもしれないが、何より米連邦公開準備制度理事会(FRB)とバイデン政権の希望となっていそうだ。
なぜなら、移民の流入増により、持続的な雇用の拡大と、賃上げ圧力後退が実現しているためだ。

米議会予算局(CBO)が1月に公表した“2024~54年の人口見通し”によれば、2022年の米国への純移民流入数は260万人、2023年は330万人で、これらは2010~19年の平均値90万人増を大きく上回る。
2024年についても330万人と高止まりし、2025年に260万人、2026年に180万人へ段階的な減少が見込まれつつ、2027~54年まで平均110万人増とコロナ前の水準を上回る見通しだ。

こうなると、経済を過熱させず、物価や失業率を押し上げない、中立的な雇用の増加ペースが変わらざるを得ない。
ブルッキングス研究所によれば、ベビーブーマー世代(1946~65年生まれ)の引退もあって、コロナ前まではCBOの人口推計や、米労働統計局などの労働力人口の推計に基づき、2022年は6万~14万人増、2023年は6万~13万人増と試算していた。
しかし、コロナ禍を経た移民の急増を受け、この水準は2022年に13万~21万人増、2023年も16万~23万人増、2024年も16万~20万人増へ上方修正した。

                                                                   
コロナ前 コロナ後の移民急増
2022年6万人~14万人13万人~21万人
2023年6万人~13万人16万人~23万人
2024年6万人~10万人16万人~20万人

チャート:ブルッキングス研究所、中立的な雇用増加ペースの試算 出所:ブルッキングス研究所よりストリート・インサイツ作成

つまり、2024年においても雇用の増加ペースが16万~20万人増のレンジ内にとどまれば、経済を過熱させず、物価も失業率も押し上げない水準が維持できるというわけだ。
実際、米3月雇用統計では、労働参加率が62.7%と4カ月ぶりの水準を回復した一方で、平均時給は前年同月比4.1%と、2021年3月以来の4%割れに迫った。

移民の労働力人口の増加ペースに陰り、就業率も上げ渋り

その米3月雇用統計を振り返ると、非農業部門就労者数は前月比30.3万人増と2023年5月以来の強い伸びだった。
失業率は、労働参加率が前述した通り改善したにもかかわらず、前月の3.9%から3.8%に低下。
労働参加率が改善は、3月に限っていえば移民というより、米国人である公算が大きい。

人種別でみると、黒人が63.6%(前月は63.7%)、ヒスパニック系は66.8%(前月は67.1%)とそれぞれ低下した半面、白人のみ62.3%と4カ月ぶりの水準へ戻していた。
つまり、白人が全米の労働参加率を押し上げたことになる。

チャート:人種別の労働参加率
チャート:人種別の労働参加率

では、米国生まれと海外生まれの労働力人口はどうか。
米労働統計局はそれぞれ季節調整前の数字で公表し、米国生まれは前月比90.4万人増の1億3,567万人、海外生まれは同22.9万人減の3,229万人だった。
年初来の3カ月でみると、米国生まれは2回増加した一方で、海外生まれは2回減少。
海外生まれの労働力人口に占める割合も、2月に19.4%と最大を記録した後、3月は19.2%と小幅に低下した。
移民による労働力人口の増加ペースがゆるみつつあるかのようだ。

チャート:米国生まれと海外生まれの就業者数(注:カッコ内の数字はチャート内の3月と2月の就業者数の差を表す)
チャート:米国生まれと海外生まれの就業者数(注:カッコ内の数字はチャート内の3月と2月の就業者数の差を表す)

さらに、決定的なのは就業率で、海外生まれは2023年8月に64.9%と2020年2月以来の高水準をつけた後、上げ渋り続けている。

チャート:米国生まれと海外生まれの就業率
チャート:米国生まれと海外生まれの就業率

以上を踏まえると、まだ年初から3カ月しか経過していないため判断するのは時期尚早だが、移民主導の労働市場の拡大が曲がり角に直面しつつあると言えよう。
2月や3月の世論調査で「移民」が最も重要課題に挙がるなか、企業が移民の雇用にブレーキをかけ始めた可能性がある。
あるいは、米景気減速と需要鈍化の過程で、移民を含め全体的に採用を縮小し始めているのかもしれない。

米雇用統計のサービス部門11業種のうち、就業者数が2020年2月比でマイナスを続けていた業種は娯楽・宿泊とその他サービスのみだったが、娯楽・宿泊は3月に漸く当時の水準を回復した。
今後、個人消費の需要鈍化が財部門だけでなくサービス部門に広がるなら、こうした雇用も頭打ちとなり、移民の労働参加率にも影響を及ぼしかねない。
なお、バイデン政権下で急増する移民の大部分は「亡命希望者」であり、その場合は就労が可能だ。

移民の増加、雇用減速局面では失業率押し上げに?

企業が積極的に採用を拡大する間ならば、移民を通じた労働力人口の増加は賃上げを抑え持続的な経済をもたらし、歓迎すべきだろう。
しかし、逆に企業の雇用を減速する局面に転じれば、移民が労働供給を拡大させただけに、急速に冷え込む諸刃の剣となりうる。
ブルッキングス研究所が試算した物価や失業率を押し上げない中立的な雇用の増加ペースは、2024年に「16万~20万人増」だったが、逆にこのレンジ以下になれば失業率が上昇するとも解釈できよう。

米3月雇用統計は、労働参加率が低下した黒人の失業率が6.4%と、2022年3月以来の水準へ急伸していた。
ヒスパニック系は逆に労働参加率が低下したことが一因で失業率も低下した全米の失業率上昇を抑えたが、こうした流れがいつまでも続くとは限らない。

チャート:人種別の失業率
チャート:人種別の失業率

株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子

世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY


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