日銀、声明文と展望レポートはタカ派寄りへシフト
植田日銀総裁の脳裏に、2000年に当時副総裁だったマービン・キング氏の言葉「イングランド銀行の目標は、退屈であることだ」が浮かんだのだろうか。
1月23-24日開催の金融政策決定会合では2024年3月以降、同年7月に続き3回目となる利上げを決定したが、植田総裁の会見はあまりに無味乾燥な印象を与えた。
日銀は23-24日の金融政策決定会合で、政策金利である無担保コールレート翌日物金利の誘導目標を0.25%から0.5%へ引き上げる決定を下した。
0.5%の水準は、2007年2月から08年10月以来、17年ぶりとなる。
植田総裁は、前回2024年12月会合後、利上げを見送った理由に①春闘モメンタム、②トランプ新政権の政策不確実性――を挙げ、「相当長い期間みていかないと分からない」と明言。
次の利上げを決定する上で「もうワンノッチほしい」と述べ、当初、次の利上げは25年3月以降へずれ込むとの見方を強めた。
しかし、一転して1月14日の氷見野副総裁(過去のレポートをご参照)、翌15日の植田総裁の講演で、1月会合の焦点は利上げをするか否かと言及。
利上げ織り込み度は一時100%を超えたわけだが、声明文と展望レポートは、追加利上げの決定と歩調を合わせタカ派寄りにシフトした。
声明ではまず、春闘モメンタムについて「本年の春季労使交渉において、昨年に続きしっかりとした賃上げを実施するといった声が多く聞かれている」と明記。
また「物価面をみると、賃金の上昇が続くもとで、人件費や物流費等の上昇を販売価格に反映する動きが広がってきており、基調的な物価上昇率は、2%の『物価安定の目標』に向けて徐々に高まってきている」とした。
トランプ新政権についても、「様々な不確実性は意識されているものの、国際金融資本市場は全体として落ち着いている」とし、就任後の動向は想定の範囲内との姿勢を示した。
為替については、「為替円安等に伴う輸入物価の上振れもあって、 2024年度が2%台後半となったあと、2025年度も2%台半ばとなる見通し」など、円安の影響を明確化した。
なお、声明文からは前回の文言「過去と比べると、為替の変動が物価に影響を及ぼしやすくなっている面がある」を削除したものの、展望レポートでは繰り返した。
四半期に一度公表される展望レポートでは、1月10日のブルームバーグ報道の通り、生鮮食品を除くコア消費者物価指数(CPI)と、生鮮食品とエネルギーを除くコアコア見通しを引き上げた。
特に、2025年度の見通しの上方修正が顕著となり、コアCPIは前回24年10月分から0.5ポイント引き上げられ、2.4%とされた。
チャート:展望レポート、コアCPI見通し
チャート:展望レポート、コアコアCPI見通し
ドル円は政策発表直後こそ、「バイ・ザ・ファクト(事実で買う)」局面を迎え一時156.42円まで本日高値を更新したが、声明文と展望レポートの物価見通しなどを受け、まもなく155円台へ下落。
想定よりタカ派と判断された証左だ。
植田総裁会見は71%の確率でドル円上昇も、今回は概ねレンジ推移
声明文と展望レポートがタカ派トーンを打ち出した反面、植田総裁の会見は市場期待に対し拍子抜けするほどニュートラルに近いものだった。
今回、利上げを決定した理由は①賃上げ継続の声が増加、②トランプ新政権の出だしは概ね予想の範囲内で、金融資本市場は落ち着いている――と説明。
今後については政策金利が0.5%と2000年以降の政策金利の上限に到達したものの、「中立金利まで相応の距離がある」と述べ、追加利上げ姿勢を堅持した。
もっとも「利上げのペースや時期については予断を持たず、そのときの経済・物価情勢を慎重に見て判断する」とし、道筋についてはフリーハンドを確保。
利上げ効果を確かめつつ、「段階的に利上げすることが適切」と結んだ。
輸入物価については「為替円安に伴い上振れ」に言及も、前回会合での文言を踏襲し「前年比では落ち着いている」と述べるなど、タカ派になりきれていない様子を示唆した。
なお、記者団から「ワンノッチ」達成をめぐる質問は飛んでこなかったが、植田総裁は24年11月の実質賃金が前年同月比0.4%の低下→0.5%上昇への上方修正に触れた。
賃上げ動向とトランプ新政権の不確実性減退と共に、ワンノッチ引き上げ、つまり追加利上げの一因になったと説明した格好だ。
ドル円は植田氏が日銀総裁に就任してから、今回を除き14回中12回、71%の確率で政策決定の日に前日比でドル高・円安に振れてきた。
仮に今回、植田総裁が為替への影響を踏まえ、確信犯的に「退屈」な応答にとどめたのなら、少なくとも、会見中は成功したと言えよう。
ドル円は植田総裁の会見開始早々に一時154.85円まで日中安値をつけ、まもなく一時156.10円台まで買われつつ、概ね155円前半を中心とした推移を保ったのだから。
1月24日の前日比の変動幅をみても0.08円下落と、植田総裁就任以降で最小となり、小幅ながら就任15回のうち3回目の円高を迎えた。
チャート:植田総裁就任後、金融政策発表日のドル円の変動幅(前日比、終値ベース)
画像:1月24日のドル円5分足チャート、白枠は植田総裁記者会見中の推移、緑線は米10年債利回り(左軸)
冒頭に紹介したイングランド元副総裁の「退屈な金融政策」とは、緩和と引き締めの「シーソー」の振れを小さくすることを意味する。
植田総裁の場合、会合後の自身の言葉に対する市場のタカハト判断の振れを抑える狙いがあったのではないだろうか。
日銀、今後の予定を踏まえれば次回の利上げは7月か
あるいは、植田氏は今後の予定を踏まえタカ派になりきれなかった可能性もある。
今後、米国は①関税発動の懸念、②共和党内で減税や米債務上限引き上げなどを含む法案成立へ向けた交渉――などが控えるためだ。
加えて、日本では7月に少なくとも参議院と東京都議会の選挙を予定し、衆参同日も視野に入る。
一連のイベントを踏まえれば、日銀は少なくとも国内の選挙が終了する見通しの7月まで、利上げはできそうにない。
植田総裁は、このような印象を与えないよう、腐心したとしてもおかしくない。
チャート:今後の日銀金融政策決定会合とイベント
ドル円は1月24日、前日比の終値ベースで小幅なドル安・円高で終了したものの、ロンドン時間から上昇に転じ、NY入りに一時156.58円まで本日高値を更新し、日銀会合後の下げを打ち消けす場面がみられた。
米金利上昇につれた格好だが、追加利上げを行った後のドル買い・円売りは、市場に言質を取らせなかった植田総裁の戦略が、一時的ながら裏目に出たようにも見える。
そのような観点では、日銀の方向性を見極める上で1月30日の氷見野副総裁を始め、2月6日の田村審議委員、2月20日の高田審議員の講演が試金石となりうる。
24年12月会合で利上げを提案した特に田村審議員を始めタカ派が続くが、植田総裁の会見内容と歩調を合わせるだろうか。
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株式会社ストリート・インサイツ代表取締役・経済アナリスト 安田佐和子
世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。
2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの研究員を経て、現職。
その他、ジーフィット株式会社にて為替アンバサダー、一般社団法人計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員を務める。
NHK「日曜討論」、テレビ東京「モーニング・サテライト」の他、日経CNBCやラジオNIKKEIなどに出演してきた。
その他、メディアでコラムも執筆中。
X(旧ツイッター):Street Insights
お問い合わせ先、ブログ:My Big Apple NY
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